ヌクレオポリン融合遺伝子産物が形成する核内の 相分離構造体の新しい機能を発見

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国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 (大阪府茨木市、理事長:中村祐輔、以下「NIBIOHN」という。) 創薬デザイン研究センター・細胞核輸送ダイナミクスプロジェクト・岡正啓プロジェクトリーダーらの研究グループは、急性白血病細胞で見られるヌクレオポリン融合遺伝子産物が形成する核内の相分離構造体の新しい機能を明らかにしました。本研究は今後さらなる白血病メカニズムの解明や創薬へ繋がる成果であると期待されます。なお、本研究は、九州大学生体防御医学研究所・大川恭行教授グループ、東京大学定量生命科学研究所・中戸隆一郎准教授グループなどと共同で行われました。
本研究成果は2023年7月29日に『Cell Reports』に発表されました。
ウェブサイト:https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(23)00895-1

概要

(これまでの研究から明らかになっていること)
2つの異なる遺伝子が染色体の転座により融合して形成される融合遺伝子は、がんなど様々な病態で見出され病気の原因となることが知られています。核膜孔の構成因子であるタンパク質(ヌクレオポリン)「NUP98」や「NUP214」の遺伝子は、白血病の患者においては転写因子など様々なパートナーとなるタンパク質の遺伝子と融合遺伝子(以下「ヌクレオポリン融合遺伝子」という。)を形成することが知られています。 これまでヌクレオポリン融合遺伝子の発現により、白血病細胞の増殖や維持に重要なホメオティック(HOX)遺伝子群など特定の遺伝子が活性化されることが分かっていました。またヌクレオポリン融合遺伝子から作られるタンパク質(融合遺伝子産物)の特徴として、”液液相分離”と呼ばれるプロセスにより細胞核内で特徴的な構造体(以下「相分離構造体」という。)を形成することが知られていました。しかしながら、相分離構造体の形成がどのように遺伝子発現活性化に関与しているのか、そのメカニズムは不明でした。

(本研究で明らかになったこと)
本研究では核膜孔の構成因子であるタンパク質「NUP98」と転写因子であるタンパク質「HOXA9」のそれぞれの遺伝子が融合された融合遺伝子の産物(NUP98::HOXA9)が形成する相分離構造体には(1)機能分子の濃縮、(2)ゲノム高次構造の再構成、という2つの機能があることを見出しました。

(1)機能分子の濃縮について

  • 遺伝子の転写活性化に働くヒストン修飾酵素「MLL1」が相分離構造体の内部に高濃度に濃縮された状態で機能していること

  • 「MLL1」の濃縮が、融合遺伝子産物「NUP98::HOXA9」の形成する相分離構造体のみならず、「ヒストンシャペロンSET」と「NUP214」の融合遺伝子産物「SET::NUP214」が形成する相分離構造体でも見られること が明らかになりました。

(2)ゲノム高次構造の再構成について

ヌクレオポリン融合遺伝子産物「NUP98::HOXA9」が結合する部位では

  • クロマチンループが形成されていること

  • トポロジカルドメイン(TAD)と呼ばれるゲノム高次構造が再構成されていること

これらの2つの機能により相分離構造体がHOX遺伝子群など白血病に関わる遺伝子の選択的な活性化を促して病態に寄与していることが示唆されます。今後の新規治療薬の開発などに貢献できる研究成果と期待されます。

論文情報

【論文タイトル】「Phase-separated nuclear bodies of nucleoporin fusions promote condensation of MLL1/CRM1 and rearrangement of 3D genome structure」 【掲載雑誌】Cell Reports

【著者】 岡正啓1,2, 12*、大谷真弓1、宮本洋一1、大島里詠子1、足立淳3、朝長毅3、浅利宗弘4、長岡勇也5、田中かおり6、 豊田敦7、市川和樹8、森下真一8、磯野協一9、古関明彦10、中戸隆一郎5*、大川恭行6*、 米田悦啓11

1 NIBIOHN細胞核輸送ダイナミクスプロジェクト

2 大阪大学大学院薬学研究科

3 NIBIOHN創薬標的プロテオミクスプロジェクト

4 The University of Warwick, School of Life Sciences

5 東京大学定量生命科学研究所

6 九州大学生体防御医学研究所

7 遺伝学研究所先端ゲノミクス推進センター

8 東京大学新領域創成科学研究科

9 和歌山県立医科大学 動物実験施設

10 理化学研究所生命医科学研究センター

11 NIBIOHN 

12 Lead contact (*責任著者)

研究助成

本研究は,日本学術振興会(JSPS)科研費(20H03444, 17H03679, 16K14676, 20H00456, 18H05527, 22H04676, 21H00232)、先進ゲノム支援 (PAGS)(16H06279)、内藤記念科学振興財団、AMED-CREST (JP22gm6310012h0003)等の支援を受けて行われました。

用語解説

【ヌクレオポリン】 核膜孔複合体の構成因子の総称。核膜孔複合体は約30種類のヌクレオポリンが計1000分子程度、集合して形成される。

【融合遺伝子】 2つの異なる遺伝子が融合しひとつになることで形成される遺伝子。がんなどの病態でよく見出され、疾患の原因遺伝子となる場合がある。ヌクレオポリンNUP98遺伝子と融合するパートナー遺伝子としては、転写因子やヒストン修飾酵素をはじめとする様々な生理活性を持つ分子の30種類以上の遺伝子が報告されている。

【HOX遺伝子】 ホメオティック遺伝子。動物の発生過程において、からだの形や各部位の形成に関わる遺伝子。その発現異常は血液細胞の分化に影響し白血病に寄与する。

【液液相分離】 2種類の液体が混ざらずに2相に分離する現象。この現象により、特定のタンパク質が細胞内で液滴(水の中の油のような状態)として、局所的に高濃度で存在することが分かってきた。とくに近年、細胞内の膜を持たないオルガネラ(核小体など)の形成にも重要であることが分かり、注目されている。

【ゲノム高次構造】 ゲノムDNAはヒストンなどのタンパク質と結合したクロマチンとして存在しており、さらにそれらがループ構造や複数のループ構造がまとめて区切られたトポロジカルドメイン(TAD;topologically associating domain)と呼ばれる立体構造を形成し、遺伝子発現やDNA複製を制御している。

医薬基盤・健康・栄養研究所について

2015年4月1日に医薬基盤研究所と国立健康・栄養研究所が統合し、設立されました。本研究所は、メディカルからヘルスサイエンスまでの幅広い研究を特⾧としており、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため、研究開発の最大限の成果を確保することを目的とした国立研究開発法人として位置づけられています。 ウェブサイト:https://www.nibiohn.go.jp/

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