このイベントは、次世代へ豊かで美しい海を引き継ぐために、海を介して人と人とがつながる“日本財団「海と日本プロジェクト」”の一環です。
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イベント概要
・開催概要
冷蔵や冷凍の技術がなかった昔、海なし県の長野では海産物がとても貴重な食べ物でした。新鮮な魚介類が手に入らない一方、知恵をしぼり加工を加え山国へと届けれられました。中でも塩丸イカは、イカの内臓を取って皮をむき、茹でて塩漬けにした塩蔵食品で、江戸時代中期ころから日本海沿いの町で作られ、「塩の道」を通り、塩そのものと一緒に内陸へ運ばれてきました。『保存性が高く、味も良く』長野県中南部を中心に定着。流通網が発達し、新鮮な魚介類が手に入るようになった今でも、一般家庭で用いられて広く愛されています。
そんなイカですが、今、スルメイカの漁獲量が大きく減少し、最盛期の1割以下となり価格も高騰しています。そこで、信州の小学生23人が信州イカ調査隊を結成。信州近海で最もイカの漁獲が盛んな石川県能登町を中心に体験型学習プログラムを開催しました。漁獲減少の理由や、まだ秘密が多いとされるイカの生態やイカ釣りの漁法、また、鮮度を保つための技術、一尾凍結の船凍イカなどの技術や流通の仕組みを学習し、これからも信州の伝統食材、塩丸イカを含めたイカをおいしく安定的に食するためにできることは何かを考え行動するために、海への関心を高め、広める機会としました。
・日程 7月27日(木)28日(金)29日(土) 2泊3日
・開催場所 長野県長野市・飯山市、富山県氷見市、石川県七尾市・能登町
・参加人数 長野県内在住の小学5,6年生23人
・協力団体 長野県、長野市、長野県環境保全協会、なべくら高原森の家、氷見市観光協会、スギヨ、
のと海洋ふれあいセンター、石川県漁業協同組合小木支所、能登里海教育研究所
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長野県から学ぶ「海と地球」「海と森」の深い関係
7月27日(木)長野市のNBSホールに集結した23人の信州イカ調査隊のメンバーたち。結団式では ひとりずつ自己紹介し、調査の意気込みを発表しました。「海はまだ分かってないことが多くてロマンがあるので好き」「海の生き物は一匹ごと特徴があるのがおもしろい」「海はいつ行っても新しい発見がある」「お母さんがイカの値段が上がっていると言っていて、なぜなのかを知りたい」「海で泳いだことがないので、もぐって海の生き物を観察したい」「イカの体の中がどうなっているかを知りたい」など意気込みが伝わる前向きな言葉が続々とでました。
まずは海と地球の深いつながりを学ぶため、触って動かせる巨大デジタル地球儀を使った授業を行いました。講師は長野県環境保全協会の堀池政史さんです。直近4日間の地球上の雲の動きや、現在、走行している船舶の動きをリアルタイムで表示すると児童からは「すごい」と驚きの声が上がりました。講義はクイズ形式で行われ、海は地球の表面の約70%を占めることや、地球温暖化によりたまった熱の9割以上は海が吸収しているので海水温も上昇してしまうことなどを教えてもらいました。
また、「海水温が高くなると台風が多くなる傾向があり、海は多くの恵みを与えてくれる一方、台風やハリケーンなどの災いももたらす存在でもある。」と堀池さんは児童に伝えていました。地球全体の活動に海が大きく影響しているので、このまま何も対策をしないと地球全体の温度が4℃以上上昇してしまうことを知りました。「災い」と「恵み」は表裏一体であることを感じ自然の偉大さを知った児童たちは、実際に森へ赴き自然の現場での体験学習へと移ります。
次に向かったのは長野県北部の飯山市なべくら高原。ここは、ブナ林が広がる場所です。児童たちは、森の中を散策。ここでは森がもつ保水力を調査する実験を行いました。ふかふかの腐葉土をスコップで掘り起こし、そこに水を流し込むとまるでスポンジのように水を吸収します。「水がジャーと流れても、腐葉土を通すとポタポタとしか落ちないのがすごい」と児童たち。海の水が雲になり、森に雨として降り注ぎ、山の栄養分とともに川に流れ、そして海へと注がれるという水の循環を学びました。信州イカ調査隊メンバーは海へのスタートが森であること、そして、水の循環を通して海とつながっていることを学び、海の調査へと活動に向かっていきます。
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海の調査 漁師のお仕事体験&海の多様性を学ぶ磯学習
2日目の朝は、富山県氷見市の薮田漁港からスタート。漁師さんが早朝、定置網漁でつかまえた魚を選別する作業をお手伝いしました。船に積まれた魚が水揚げされると「すごーい」と大歓声。アジ、タコ、キジハタ、クロダイ、シイラなど多くの種類の魚介類がとれました。「魚は種類によってざらざらしてたり、ぬるぬるしている」「つかみにくかったけど、漁師さんはてきぱきとわけていてすごい」「魚はいろんな色や形をしていて驚いた」などの声が。
富山県の越中式定置網漁は約400年以上受けつがれてきた漁法で網に入った魚のうち、7割は再び海に戻る仕掛けとなっています。「どうして?」という児童の質問に対し漁師歴50年の﨑田貢さんは、「全部とっちゃうと海の魚がいなくなっちゃう。毎日、必要な分だけいただくことで、豊かな海の環境が続くんだよ」と説明しました。68歳の漁師さんに対し「筋肉ムキムキでかっこいい」との感想も。毎日、朝早くに海へ出るお仕事の大変さと漁師さんたちへの尊敬の気持ちを感じるとともに、漁業の仕事に対しさまざまな目線で関心を持った児童たちでした。
午後は、楽しみにしていた磯学習です。石川県能登町の九十九湾は、透明度が高く多くの生き物が生息する場所です。児童たちは安全に海に入るためウェットスーツに着替えて準備。早速海に入るとさっそく様々な生き物を発見しました。イシダイ、ヒトデ、ウミウシ、フグ。同じ魚でも種類が異なるものも多く、こんなに多くの海の生き物を発見できたことに驚いた様子です。泳ぎが苦手だったり初めて海に入ったりした児童も徐々に泳ぎが上達し、夢中で磯観察に励んでいました。
「岩や海藻の近くに隠れるようにたくさんの生き物がいた」「岸に近いほうが温度があたたかくて生き物はあまりいなかったが、沖に少しはなれると水は冷たくたくさんの魚がいた」「今まで行った海の中で一番キレイだった」「海で泳ぐ魚を初めて見て、自分も魚になった気分だった」と児童たち。講師ののと海洋ふれあいセンターの東出幸真さんは「生き物はそこにいる理由がかならずある。季節によっても異なる。何回も海に来ていろんな視点で探して見て感じ取ってほしい」と伝えました。
また、この日は、学びのアウトプットとして、信州イカ調査隊とコラボし商品化する石川県七尾市の食品加工メーカーのスギヨの工場も見学。長野県民にとってはソウルフードであるビタミンちくわの製造工場です。1日に30万本製造され、そのうちの7割が長野県に出荷されているほどの人気ぶり。ちくわの原料は、かつては漁師の網を破る厄介者で捨てられていたアブラツノザメでしたが、これをすり身にするとおいしいことがわかりました。さらに肝油からはビタミンが豊富にとれ、戦後間もなく栄養が不足していた発売当初、新鮮な海産物が手に入りにくかった長野県民に対し海の幸として売り出したところ大ヒット。これが、“ちくわといったらビタミンちくわ“として今でも愛されている理由です。
講義の最後には、児童たちにちくわがふるまわれました。焼きたて熱々のちくわは大盛況。何本もおかわりする児童も。ちくわひとつにたくさんの歴史とストーリーが込められていることを学びました。このちくわを使った信州イカ調査隊のどんな商品ができあがるか楽しみです。
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イカ釣り漁や流通の仕組み さらにはスルメイカの生態を解剖実験で学ぶ
調査活動最終日は能登町の小木漁港でスルメイカの漁獲方法について学びます。まず児童たちが見せてもらったのは箱詰めされたカチカチに凍ったスルメイカ。小木漁港は函館、八戸と並ぶ日本三大スルメイカの水揚げ量を誇る港です。一匹ごと、船で凍らせる手法を取っているのが特徴です。海から釣って30分以内に船の中で冷凍することにより、新鮮さが保たれ、解凍すれば刺身でも食べられるほど。
その後、児童らは港に接岸された小型イカ釣り漁船に乗せてもらいました。かつては人が竿を使って釣っていましたが、今では魚群探知機を使い、イカ釣り自動ロボットを使っていると聞いて驚いた様子。また、漁火も、今では家庭用の100倍以上の電球をいくつも使いおびき出していることなど、技術の進化を目の当たりにしました。
見学後、講師を務めた石川県漁協小木支所の坂東博一さんからは、「20年前と比べてスルメイカの漁獲量は10分の1以下に減少。価格は5倍以上になってしまい、安くておいしいスルメイカが最近は高級なものになってしまった。海に変化が起こっていて、海水温が影響しているかもしれない。」と説明がありました。その後、船凍イカを保管する保冷庫を特別に見学させてもらいました。この日の外の気温は30℃。一方、保冷庫の中はマイナス29℃。中に入るとすぐに「寒い、寒い」と大騒ぎ。こうした冷凍技術の進化により、おいしいスルメイカを全国各地で食べられることを身をもって知った児童たちでした。
調査隊の活動もいよいよ大詰め。スルメイカの生態や海の環境問題に詳しい能登里海教育研究所の浦田慎さんを講師に招き「スルメイカと気候変動」をテーマに特別授業を実施してもらいました。スルメイカの漁獲量が減少している理由は、実は「これ」という原因がはっきりとは分かっていないことを伝えた上で、考えられる要因の説明がありました。
ひとつ目は、外国の影響。日本はスルメイカが減らないように、とってよい量を決めてルールを守っているが、近海の中国や韓国などがどれだけとっているかわからないこと。また、外国の船が違法にとったことでイカの数の回復が遅れている可能性を指摘。ふたつ目は、海水温の影響。海水温が異常だとイカがうまく育たないことが分かっています。特に日本海は100年前と比べると2℃近く上昇していることで、海水の循環が起きにくくなっています。春から夏にかけて栄養不足となり、プランクトンが減少するとイカのエサとなる小魚も減ることから、イカの成長や産卵が遅れ、移動のルートに変化が起きているのではと推測されます。
講義を受けた後は、スルメイカの生態を学ぶための解剖実験です。一人1匹のイカをはさみを使って解剖します。実は普段食べている部分はイカの筋肉であることや心臓が3つあること、イカの血は青いことなど知らないことばかり。生き物の不思議を実感した様子です。解剖したイカを利用して、お昼ごはんのおかずに調理していきます。能登のイカ魚醤いしりしょう油とバターを入れたスルメイカのホイル焼きと、イカゲソのみそ汁を作りました。普段は、スーパーで切り身で売られているイカしか見たことのなかった児童たちは、漁師や漁港ではたらく多くの人の手で届けられていることや、保冷などの発達した技術の進化により海の恵みをいただけることに、あらためて感謝した様子でおいしく食べていました。
活動の最後は、3日間の学習の総まとめ、総合学習発表会です。まずは、豊かな海を守るためにできることは何かを班ごとにわかれ考え発表しました。児童たちからは「ひとりひとりの海への思いやりが大事。海は一度熱くなると簡単には戻せないから、今できることをみんなでやる」「魚のとり過ぎなど海に起きている問題を家族や友達に積極的に伝えたい」「海の温度をあげないためにCO2削減に取り組みたい」「スノーケリングが楽しかったので、海は楽しい場所だと友達に伝えたいし、毎年家族と海で泳ぎたい」「漁師さんが一生懸命魚をとってくれたので、たくさん食べたいし、残さないようにして無駄をなくしたい」と言った意見がでました。
グループ発表の後はひとりずつ活動の感想作文とイカの絵を描きました。今回学んだことをたくさんの人に伝えるために長野県と石川県の企業と連携し、イカのテイストを含んだたい焼きを商品化して売り出すことも予定していて、イラストはそのパッケージに使用されます。
イカをテーマに長野県から海のつながりを学び、多くの講師から指導を受け、普段できない特別な体験をした信州イカ調査隊のメンバーたち。海の未来を守り続けていくことをあらためて感じた、充実した学びの場となりました。
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参加した子ども・保護者からの声(実施後のアンケートより)
●児童
・予想以上に海の中に魚たちがいました。すごくきれいで、こんな海は初めてでした。
・長野県は、海無し県だけど関係はたくさんある。でも、今何もしないと未来の地球や海がヒドイことになってしまうから、一人でやるより、たくさんの人数でやった方が未来につながる。
・船についているライトが、大きさは普通のライトの百倍もないのに百倍の明るさになることに驚いた。
・普段出来ない貴重な体験、見学ができたので、絶対にまた参加したい。
・夏休みの研究にまとめて、学んできたことをクラスのみんなに伝えたいです。
●保護者
・安心して子どもを預けることができ、個人では出来ないような様々な体験をさせてもらい充実の内容に感謝します。
・お友達ができたこと、みんなが海の生き物にとっても詳しかったこと、イカのことを楽しそうに話してくれました。
・専門家の方々が、ただ説明するだけではなく子どもたちからの質問に一緒に答えを探すなど子ども目線の活動がありがたい。
・海の無い長野県において、海と繋がる、人と繋がる経験をする事が出来た。海がないからこそ、海についての知識を学んだり、問題に目を向ける機会が少ないので、小さなうちから、海への繋がりを意識付ける貴重な機会になったので、お金には変えられない経験だった。
<団体概要>
団体名称:一般社団法人 海と日本プロジェクトin長野
URL:https://nagano.uminohi.jp/
活動内容 :長野県の次世代を担う子供たちやその家族などを対象に海に親しみ、その素晴らしさ、豊かさを知り、大切にする心を育てる運動を興し推進する活動。
日本財団「海と日本プロジェクト」
さまざまなかたちで日本人の暮らしを支え、時に心の安らぎやワクワク、ひらめきを与えてくれる海。そんな海で進行している環境の悪化などの現状を、子どもたちをはじめ全国の人が「自分ごと」としてとらえ、海を未来へ引き継ぐアクションの輪を広げていくため、オールジャパンで推進するプロジェクトです。