放射性物質を使わずにセシウム137と同等な線量計応答を有する放射線場を実現

この記事は約10分で読めます。
・機械式放射線発生装置により放射性物質由来のγ線と同等な線量計応答を世界で初めて再現
・放射性物質を搭載した放射線照射装置の代替が可能
・持続的な放射線校正場の構築により線量計の信頼性確保に貢献

 

   

  • 概 要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)計量標準総合センター 分析計測標準研究部門 放射線標準研究グループ 石井 隼也 研究員、加藤 昌弘 研究グループ長、黒澤 忠弘 研究グループ付(研究当時)、放射線イメージング計測研究グループ 佐藤 大輔 主任研究員、田中 真人 研究グループ長、藤原 健 上級主任研究員は、放射線発生源として独自に開発した加速器を利用し、放射線被ばく管理に用いる線量計のための新たな線量校正場を開発しました。
 
 加速器放射線発生技術とフィルタリング技術により柔軟に放射線のエネルギーを調整することで、従来の線量計校正用装置に使用される放射性核種(RI; Radioisotope)からのγ線と同等な線量計応答が得られる放射線場を構築しました。本技術により、取り扱いが困難な高強度のRIを使用する照射装置を代替できるため、より安全な線量計の校正施設を実現できます。また、加速器による放射線発生装置は、RIのような放射線強度の時間的な減衰がないため、持続的な施設運用にも貢献します。
 
 なお、この技術の詳細は、2023年7月4日(日本時間)に「Metrologia」に掲載されます。
 
 下線部は【用語解説】参照
  

  • 開発の社会的背景

 X線などの放射線は医療、工業、原子力などのさまざまな分野で用いられており、これらの業務に従事する方々の安全を確保するための被ばく線量の管理などに、線量計が利用されています。作業現場での安全管理のためには線量計の応答を正確に校正することが必要です。線量計の応答校正には既知の線量率の放射線場が利用されます。この線量校正場を構築する放射線発生源としては、RI線源と人工的な電場や磁場を用いた機械式線源の2種類があります。γ線の線量校正場は、RI線源のセシウム137(Cs-137)とコバルト60(Co-60)が主に発生源として利用されています。国際原子力機関(IAEA)による核セキュリティ勧告などの国際的な動向を踏まえた法改正により2019年9月1日に施行された「放射性同位元素等の規制に関する法律」では、特定放射性同位元素として指定される高強度のRI線源(100 GBq以上の密封されたCs-137など)は、盗取からの防護のためのセキュリティについて厳しい規定が定められました。これに伴い、防護の要件を満たすための管理費用が増加しており、近年のRI線源の価格高騰と併せて、放射線校正施設の維持が困難となっています。このことは2021年6月に開催された国際度量衡委員会(CIPM)の放射線量に関わる X 線・γ線技術委員会(CCRI(I))でも議論され、世界的な問題になっています。これに対処するには、RI線源に頼らない低コストで運用可能な小型加速器のような機械式線源によりγ線の線量校正場を構築する技術が必要です。
  

  • 研究の経緯

 近年、放射線発生装置の高度化に伴い、多様な放射線環境での正確な被ばく管理が重要となっています。産総研の放射線標準研究グループでは、医療・工業・原子力などのさまざまな分野の放射線環境で利用される被ばく管理用線量計の試験のために、新たな線量計応答校正場の開発を目指しています。線量計の応答は放射線のエネルギー領域によって変化するため、正確に線量を評価するためには、線量計を使用する放射線環境と近いエネルギーの線量校正場でその応答を評価することが重要です。産総研では、2021年には従来の標準校正に用いられるX線場(250 keV程度)よりも高いエネルギーの線量校正場の構築に取り組み、市販のX線発生装置と、これまでCs-137(662 keV)やCo-60(平均1.25 MeV、1 MeV = 1000 keV)によるγ線の線量の絶対値測定に用いられてきたグラファイト壁空洞電離箱を用いて、400 keV付近のエネルギーのX線線量校正場を開発しました(2021年12月16日 誌上発表)。
 
 一般にRIを装備しない機械式の放射線源であるX線管はレントゲンによる診断や工業用非破壊検査などで利用され、また、放射線治療などでは安定した出力の医療用リニアックという加速器装置が近年多く利用されています。しかし、国内で流通しているX線管の最大出力電圧は650 kV(実効的なエネルギーとしては600 keV以下)と低く、一方、医療用リニアックのエネルギーは4 MeV以上と高いため、Cs-137やCo-60からのγ線を模擬するのにあまり適していません。
 
 産総研の放射線イメージング計測研究グループでは、非破壊検査用として1 MeV未満のエネルギーの小型の加速器X線源(600 mm×900 mm×600 mm)を独自開発してきました。今回この加速器を利用し、放射線標準研究グループの線量絶対測定技術を用いて新たな線量校正場を構築しました。
  

  • 研究の内容

 本研究で使用した小型加速器X線源は、高周波(5.3 GHz)で加速された1 MeV未満の電子線を金属ターゲットに衝突させることでX線を発生します。このX線のエネルギー分布を金属フィルタで調整し、Cs-137からのγ線場と実効的なエネルギーの面で同等とみなせるX線場の構築とその線量の絶対値を測定する技術を開発しました。γ線とX線はどちらも高エネルギーの光子という点では同じですが、RIから放出されるγ線は特定のエネルギーを持つのに対し、加速器内における加速電子とターゲットとの衝突で発生するX線は連続的に広く分布したエネルギーを持ちます。X線・γ線は、エネルギーごとに一定の割合で物質に吸収されたり、方向を変えたりします。その割合は低いエネルギーほど大きく、高いエネルギーほど小さくなるため、フィルタを通すことで高エネルギー成分の割合が大きくなります。つまり、厚さや材質の異なる複数の金属フィルタを用意し、その組み合わせを変化させることでX線のエネルギー分布を調整できます。図1(左)にCs-137からのγ線のエネルギーごとの放出率(文献[1])と開発した加速器X線による放射線場のエネルギー分布のシミュレーション計算結果を示します。X線の高エネルギー側の成分を減らすことはできないため、完全にγ線と同じエネルギー分布を得ることは不可能です。しかし、物質中の放射線の減弱が同等となるよう加速器X線のエネルギー分布を調整すれば、被ばく管理を行う線量計に対して、開発した加速器X線はCs-137からのγ線と実効エネルギー的に同等とみなすことができます。
 
 高い線量率のX線場での正確なエネルギースペクトルの実測は測定器の都合上難しいため、X線のエネルギーの測定には、一般的に純金属板中での減弱測定法がよく利用されます。図1 (右)に示すように、開発した加速器X線は、純銅板を用いた際にCs-137からのγ線と同様な減弱であるため、エネルギー分布は異なりますが、実効的にはほとんど同一のエネルギーです。
  

 このように銅板中での放射線の減弱に関しCs-137からのγ線と同等になるように加速器からのX線エネルギー分布を調整すると、X線によりγ線を模擬することが可能になります。この加速器X線場の線量を、放射線標準研究グループが開発した高エネルギーX線場における線量絶対測定技術により決定しました。図2に線量絶対測定に使用したグラファイト壁空洞電離箱による線量測定の様子を示します。グラファイト壁空洞電離箱で模擬Cs-137γ線場の基準位置の線量を測定し、取り外した後に同じ位置に一般商用の線量計を置き、照射時に得られる線量計の出力を計測することにより単位線量当たりの応答を得ることができます。その応答試験の結果、従来のCs-137γ線場の不確かさ(0.84%)の範囲内で同等とみなせる線量計応答を得ることに成功しました。表1にその応答試験結果の比較を示します。
 
 今回開発した加速器によるX線を利用した模擬Cs-137γ線校正場は、RIのような放射線強度の時間的な減衰がなく、法的な取り扱いも同強度のRIと比較し容易です。また、加速器によるX線の発生には電力や専門知識が必要になってくるため、常に放射線を発生し続けるRIと比較して、大災害時や核セキュリティ上の安全性を高めることも可能になります。そのため、本技術は線量計校正施設の安全性向上と低コスト化に貢献します。
  

   

 [1] Richard B. Firestone, Coral M. Baglin, Table of Isotopes (8th edition), John Wiley and Sons, Inc., 1998
  

  • 今後の予定

 今後は加速器の高出力化や安定化により、ばらつきが小さく信頼性の高い校正用放射線源としての確立を目指します。また、加速器を高エネルギー化することにより、開発したCs-137からのγ線(662 keV)よりも高いエネルギーを持つCo-60からのγ線(平均1.25 MeV)と等価な放射線場の開発も行う予定です。Co-60γ線場はCs-137γ線場と合わせて線量計のエネルギー特性の確認に利用されます。これら従来の2種類の校正用照射装置と、開発する模擬γ線場を用いて線量計の応答試験を行い、両者の同等性を明らかにすることで、より安全な加速器式放射線装置への移行を目指します。機械式線源はX線場のエネルギーをRIよりも自由に調整できることから、広範囲の線量計のエネルギー特性評価も可能になり、より正確な被ばく管理に貢献できます。
 
 また、将来的には開発した加速器式放射線装置を国内外で普及させ、試験所間比較による測定方法の同等性も確保し、世界的な標準校正法としての確立を目指します。
  

  • 論文情報

 掲載誌:Metrologia
 論文タイトル:Accelerator-driven photon reference field for replacement of 137Cs γ-ray
 著者:Junya Ishii, Daisuke Satoh, Takeshi Fujiwara, Masahito Tanaka, Masahiro Kato, and Tadahiro Kurosawa
 DOI:10.1088/1681-7575/acd8c0
  

  • 用語解説

線量計
 放射線と物質との相互作用の大きさに関連付けられる量(線量)を測定する機器。人体の表面からの深さ1 cmにおける線量であるHp(10) (1 cm深さの個人線量当量)を測定する個人線量計が一般によく知られている。
 
 校正
 標準器を用いて測定機器が表示する値と正確な値との関係(器差)を確認すること。標準器による校正で、測定機器は測定値の信頼性を確保することができる。
 
 放射性核種(RI; Radioisotope)
 放射線を出す能力(放射能)を持つ核種。核種ごとに特定の半減期で放射線を放出して崩壊し、他の原子核に変わる。
 
 国際度量衡委員会(CIPM; International Committee for Weights and Measures)
 メートル条約に基づいて設置される国際委員会であり、計量の世界的な統一と国際単位系へのトレーサビリティの確保を目的として活動する。
 
 グラファイト壁空洞電離箱
 放射線と物質との相互作用の面で空気と等価なグラファイトを壁材料として用いた線量計。空気中で、X線やγ線などの電荷を持たない放射線によって生じた2次粒子の運動エネルギーの総和である空気カーマの絶対値の測定に利用できる。
 
  

タイトルとURLをコピーしました