研究成果のポイント
- 希少疾患である脳腫瘍のなかで小児〜AYA世代に多く見られる頭蓋内胚細胞腫瘍のゲノムワイド関連解析※1を世界に先駆けて実施し、発症に関わる遺伝子領域(BAK1)を同定した。
- 頭蓋内胚細胞腫瘍の発症リスクを有する遺伝子多型※2がエンハンサー※3活性を減弱させ、BAK1遺伝子の発現量を減少させることを明らかにした。
- 頭蓋内胚細胞腫瘍と組織学的に類似した疾患である精巣胚細胞腫瘍が、発症に関わる遺伝的背景の観点からも類似した性質を持つことを示した。
頭蓋内胚細胞腫瘍は小児〜AYA世代にかけて多く見られる脳腫瘍であり、日本における小児脳腫瘍の12%を占めます。この疾患は日本を含む東アジア諸国ではヨーロッパ諸国と比べて4倍以上もの高い罹患率を示す特徴がある一方で、日本においても年間罹患率100万人あたり3人未満の希少疾患であることが研究を困難にしており、その生物学的な背景の大部分は謎に包まれています。
今回、研究グループは全国の多数の施設から患者さまの検体をご提供いただき、頭蓋内胚細胞腫瘍の患者群と健常対照者群が有する遺伝子多型をヒトゲノム全体に亘って比較するゲノムワイド関連解析を実施しました。その結果、6番染色体上のBAK1遺伝子領域が発症に強く関連することを解明しました。さらに、この領域中で最も強い関連を示す遺伝子多型はBAK1遺伝子に隣接するエンハンサーの活性を変化させ、BAK1遺伝子の発現量に影響することを示しました。また、本疾患と組織学的な類似性が指摘されている精巣胚細胞腫瘍のゲノム解析データとの比較を行うことで、2つの疾患の間で遺伝的背景が共有されていることを明らかにしました。
本研究成果は頭蓋内胚細胞腫瘍の生物学的基盤の解明に貢献すると共に、本疾患のみに留まらない胚細胞腫瘍全般の病態に関する理解を促進することが期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」に8月2日(火)に公開されました。
研究の背景
頭蓋内胚細胞腫瘍は小児期〜青年期にかけて多く見られる脳腫瘍であり、日本における小児脳腫瘍のうち2番目に多く、約12%の割合を占めます。本疾患は日本における年間罹患率が100万人あたり3人未満の希少疾患である一方で、この値はヨーロッパ諸国と比較すると4倍以上に相当する高い値であり、罹患率に著しい地域差がある点が特徴的です。
本疾患は、より頻度の高い、精巣に生じる胚細胞腫瘍と病理組織学的に類似することで知られ、共通の生物学的背景が提唱されています。しかし、精巣胚細胞腫瘍はヨーロッパ諸国においてアジア諸国の2倍以上の罹患率を示すように、2つの疾患は罹患率の地域差に関しては正反対の関係にあり、実際に発症メカニズムを共有しているのか結論は出ていません。
上述の罹患率の低さが臨床検体の収集を困難にするのに加え、罹患率の著しい地域差が国際的な共同研究を実施する上で障壁となってきたことで、頭蓋内胚細胞腫瘍に関する生物学的基盤の大部分は謎に包まれています。特に生まれつきの遺伝的素因が発症リスクに及ぼす影響に関して、ヒトゲノム全体に亘った網羅的な研究はこれまで報告がありませんでした。
本研究の成果
今回、研究グループは頭蓋内胚細胞腫瘍の遺伝的な発症リスクを解明するために、日本全国に及ぶ多施設共同プロジェクトとして臨床検体の収集を行うことで、133名の頭蓋内胚細胞腫瘍患者のゲノムデータを収集しました。この過去最大規模の患者ゲノムデータと健常対照者群との間で、ヒトゲノム全体に亘る遺伝子多型を網羅的に比較検討するゲノムワイド関連解析を実施した結果、発症と強く関連する遺伝子領域を6番染色体上に発見しました(図1)。関連領域は6番染色体短腕の主要組織適合遺伝子複合体領域(major histocompatibility complex: MHC領域)※4に見られたため、研究グループは機械学習手法HLA imputation法(※5)を用いてMHC領域中のHLA(human leukocyte antigen)遺伝子(※6)配列を推定し、発症リスクとの関連を詳細に検討しました。その結果、本疾患の発症リスクと最も強く関連するのはHLA遺伝子配列ではなく、細胞のアポトーシス(※7)調節因子であるBAK1遺伝子の近傍に位置する4塩基の欠失多型であることが分かりました。
この欠失多型はBAK1遺伝子に隣接したエンハンサー上に存在しており、GTExプロジェクト(※8)の公開データを利用したところ、発症リスクとなる塩基の欠失が人体の幅広い組織においてBAK1遺伝子の発現量を減少させることが分かりました。研究グループは今回のリスク遺伝子多型が位置するエンハンサー配列に関して培養細胞株を用いたレポーターアッセイ(※9)を行い、発症リスクとなる塩基の欠失がエンハンサー活性を減弱させることを実験的にも証明しました。
さらに研究グループは頭蓋内胚細胞腫瘍と病理組織学的に類似していることで知られる精巣胚細胞腫瘍のゲノム解析データと本研究で得られたデータの比較を行いました。精巣胚細胞腫瘍において報告されているリスク遺伝子多型は、頭蓋内胚細胞腫瘍においても類似のリスクを示すことが分かり、これら2種類の異なる臓器に生じる胚細胞腫瘍の間で遺伝的背景が共有されていることが実証されました(図2)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
頭蓋内胚細胞腫瘍はその他の脳腫瘍に対して疫学的・病理学的に際立った特徴を持つ一方で、その希少さが疾患研究を進める上で障壁となっており、生物学的基盤の大部分が謎に包まれています。本研究はそんな頭蓋内胚細胞腫瘍について、生まれ持った遺伝子多型がどのように発症リスクに寄与するのか網羅的に解析を行った初めての研究となります。本研究が特定したBAK1遺伝子領域との関連は、頭蓋内胚細胞腫瘍の発症メカニズムの解明への足がかりとなることが期待されます。さらに本研究が実証した頭蓋内胚細胞腫瘍と精巣胚細胞腫瘍の遺伝的リスクの類似性は、頭蓋内胚細胞腫瘍のみに留まらない胚細胞腫瘍全般における発症メカニズムや病態の理解に資することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年8月2日(火)に国際科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “A common deletion at BAK1 reduces enhancer activity and confers risk of intracranial germ cell tumors”
【著者名】Kyuto Sonehara1,2, Yui Kimura3,4, Yoshiko Nakano4,5, Tatsuya Ozawa4, Meiko Takahashi6, Ken Suzuki1, Takashi Fujii7–9, Yuko Matsushita8,9, Arata Tomiyama7–9, Toshihiro Kishikawa1,10,11, Kenichi Yamamoto1,12,13, Tatsuhiko Naito1,14, Tomonari Suzuki15, Shigeru Yamaguchi16, Tomoru Miwa17, Hikaru Sasaki17, Masashi Kitagawa18, Naoyuki Ohe19, Junya Fukai20, Hideki Ogiwara21, Atsufumi Kawamura22, Satoru Miyawaki23, Fumihiko Matsuda6, Nobutaka Kiyokawa24, Koichi Ichimura4,9, Ryo Nishikawa15, Yukinori Okada1,2,13,25,26,27*, Keita Terashima3*(* 責任著者)
【所属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
2. 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
3. 国立成育医療研究センター 小児がんセンター 脳神経腫瘍科
4. 国立がん研究センター研究所 脳腫瘍連携研究分野
5. 東京大学医学部附属病院 小児科
6. 京都大学大学院医学研究科 疾患ゲノム疫学
7. 防衛医科大学校 脳神経外科
8. 順天堂大学医学部 脳神経外科学講座
9. 順天堂大学大学院医学研究科 脳疾患連携分野研究講座
10. 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
11. 愛知県がんセンター 頭頸部外科部
12. 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
13. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
14. 東京大学大学院医学系研究科 神経内科学
15. 埼玉医科大学国際医療センター 脳脊髄腫瘍科
16. 北海道大学医学部 脳神経外科
17. 慶應義塾大学医学部 脳神経外科
18. 静岡県立こども病院 脳神経外科
19. 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経外科学
20. 和歌山県立医科大学医学部 脳神経外科
21. 国立成育医療研究センター 脳神経外科
22. 兵庫県立こども病院 脳神経外科
23. 東京大学医学部 脳神経外科
24. 国立成育医療研究センター 小児血液・腫瘍研究部
25. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点
26. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
27. 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発:GRIFIN「次世代ゲノミクス研究による乾癬の疾患病態解明・個別化医療・創薬」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(B)「ロングリード技術を用いた統合ゲノム解析による中枢神経系胚細胞腫の病態解明」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科 バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
【DOI】https://doi.org/10.1038/s41467-022-32005-9
用語説明
※1 ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study: GWAS):遺伝子多型と形質(疾患の有無などを含む、個々人の性質や特徴)との関連を、ゲノム全域にわたって網羅的に探索する解析。現在の一般的なGWASでは、ゲノム全域で数百~数千万に及ぶ遺伝子多型が解析に用いられる。
※2 遺伝子多型:ゲノムを構成するDNAの塩基配列のうち、個体間で異なる部位。
※3 エンハンサー:特定の遺伝子の転写効率を上昇させる機能を持つ、ゲノム上に存在するDNA領域。遺伝子の発現制御において重要な役割を果たしている。
※4 主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex: MHC)領域:ヒトの6番染色体短腕に位置する、HLA遺伝子群が多数含まれるゲノム領域。ヒトゲノム中でも特に遺伝子配列の構成が複雑な領域であり、解析に際してはゲノム上のその他の遺伝子多型と比べて特別な取り扱いを要する。
※5 HLA imputation法:遺伝子配列構成が複雑なMHC領域中のHLA遺伝子配列を、ゲノム配列上で周囲に位置する一塩基多型の情報に基づいてコンピューター上で推定する機械学習手法。
※6 HLA (human leukocyte antigen)遺伝子:ヒトの白血球における血液型を規定することで生体内における自己と非自己の識別に関与し、免疫反応において重要な役割を果たす遺伝子群。HLA遺伝子型の個人差は免疫反応の個人差に強く影響を及ぼし、自己免疫疾患やがんを始めとした多くの疾患の発症リスクに関わることで知られている。
※7 アポトーシス:細胞死の一形態。細胞自身に組み込まれている生理的な遺伝子プログラムによって能動的に引き起こされる。ヒトのように多細胞から構成される生物では、消失すべき細胞(例:がん細胞)がアポトーシスによって適切に除去されないことが疾患を発症する一因となる。
※8 GTExプロジェクト(genotype–tissue expression project):ヒトにおける遺伝的多様性が遺伝子発現に及ぼす影響を網羅的に調査した、複数の研究機関からなる国際コンソーシアムによる大規模ゲノム解析プロジェクト。多数のドナーに由来する遺伝子多型と幅広い組織・臓器の遺伝子発現データからなるリソースを樹立し、公開している。
※9 レポーターアッセイ:レポーター遺伝子と呼ばれる、蛍光測定のみで発現状態を評価できる遺伝子を利用することにより、遺伝子発現の活性化を実験的に定量する方法。本研究ではリスクとなる塩基欠失がエンハンサーに与える影響を調べるため、欠失がある場合とない場合のエンハンサー配列をレポーター遺伝子の上流に組み込み、蛍光強度の比較を行った。