心不全患者におけるフィジカルトレーニング支援・教育プログラム(SaMD)の検証を目的とした医師主導治験を開始

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2023年10月3日、慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師、同内科学教室(循環器)の香坂俊専任講師らは、外来での心臓リハビリテーション(運動療法)ができないような心不全患者におけるフィジカルトレーニング支援・教育プログラム(SaMD)の有効性及び安全性を評価するための探索的医師主導治験(多施設共同探索的ランダム化比較試験)を開始しました。治験機器として、株式会社グレースイメージングは慶應義塾大学医学部と共同開発した「運動支援アプリ」を提供いたします。本治験は、慶應義塾大学病院臨床研究推進センターの支援のもと、慶應義塾大学病院で実施されます。

◆背景と概要

 心臓の機能が低下して、体に十分な血液を送り出せなくなった状態を「心不全」と呼びます。心不全になると、息切れやむくみなどの症状があらわれ、重症化した際には生命に関わることもあります。心不全の進行や再入院を防ぐためには、薬などの適切な治療に加えて、運動や食事など生活習慣の改善が重要で、このような包括的な心不全への取り組みのことを、心臓リハビリテーション(注1)と定義しています。心臓リハビリテーションでは、運動を行うことが勧められていますが、運動は多すぎても体に負担となりますし、逆に少なすぎても効果は期待できないため、心肺運動負荷検査(注2)を行い、どの程度の強さの運動療法が有効なのかを調べ、患者にとって適切な運動量を設定し、病院に通院して運動を継続的に行うことが推奨されています。実際の保険診療では、退院後は通院して、病院にて専門家の下で、週に1-3 回、約1時間の運動を行うようになっていますが、そのような治療を受けられている心不全患者は、10%にも満たないと報告されています。そのため、多くの心不全患者には、外来での心肺運動負荷検査の結果から、自宅で行うべき運動の量と強さを医師より説明され、自主的に日常生活の中で運動を取り入れています。しかし、このような方法では、患者も説明されたような運動ができているのか判断がしづらく、医療従事者も患者がどの程度運動ができているかの評価が困難でした。したがって、通常の診療で行っている通院での運動の実践とは別の方法で、患者の在宅での運動を評価・可視化し、かつ心不全の改善に有効な運動支援の方法が求められています。

◆治験について

1) 今回の医師主導治験に至る経緯

 心不全の心臓リハビリテーションの実施率が低いことから、本研究グループは、心不全患者の運動を支援するである「運動支援アプリ」を開発しました。今回の治験機器である「運動支援アプリ」は、国内・海外いずれも医療機器として承認はされておらず、この治験が初の臨床試験です。「運動支援アプリ」には、2つの役割があります。

 1つ目の役割は、心不全や運動に関する情報の提供です。運動支援アプリ内から、心不全や運動に関する動画やテキストを閲覧し、知識を深めることができます。自身の病気をきちんと理解することで、心不全の治療や「運動支援アプリ」の活用を促す効果があります。2つ目の役割は、在宅での運動を支援することです。患者が装着しているFitbit(スマートウォッチ)から歩数や脈拍数などの運動の状況の情報を「運動支援アプリ」が取得し、患者が運動支援アプリに入力する体重や生活の質などの情報と合わせて、「運動支援アプリ」とクラウドサーバーが通信し、クラウドサーバー上のプログラムが機能して、その結果、心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(注3)に沿った運動量や運動の強さを提案します。レジスタンストレーニング(注4)も必要ですので、音声付きの動画に合わせて同じ運動を行うようになっています。

 「運動支援アプリ」は慶應義塾大学医学部と共同で本アプリを開発している株式会社グレースイメージングより提供されます。

2) 対象患者と方法

 18歳以上の心不全患者を対象としています。「運動支援アプリ」を使用するグループ(A 群)と使用しないグループ(B群)の2つのグループに心不全患者を分け、24週間の経過観察を行い、比較を行います。(図1)

【図1】治験の方法【図1】治験の方法

 くじを引くような方法でいずれかに割り当てられ、その確率は2分の1です。患者には、運動検査の結果から得られた実践すべき運動の量と強さを医師より説明し、その説明内容に沿った運動を日常生活の中で実践してもらいます。その際、通常の診療と同様に、運動に関するパンフレットをお渡しし、運動を実践してもらいます。加えて、A群に割り振られた患者には、治験機器である「運動支援アプリ」を使用します。3か月後の運動能力の改善度合いを主要評価項目としています。

◆今後の展開

 今回の治験の結果をもとに、医療機器としての「運動支援アプリ」の承認に向けた開発を加速させます。現在、心不全患者の90%以上に、保険医療に即した適切な運動療法を届けられていない状況です。新しい医療機器を開発することで、そのような心不全患者がより豊かな生活をおくれるような社会の実現を目指します。

◆特記事項

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業)の研究課題「心血管疾患に対する、運動支援プログラムに関する研究開発」の支援によって行われます。

【用語解説】

(注1)心臓リハビリテーション:心臓の病気を持つかたの健康を支援するプログラムです。医師、運動の専門家、心のケアの専門家など多くの職種でサポートし、個別の計画を立てて長期間にわたって継続します。心臓の不調を予防または軽減し、病気の再発や入院、死亡率を減少させ、快適で健康的な生活を実現することを目指します。

(注2)心肺運動負荷検査:自分の限界までバイクをこぐことで、運動中の呼吸量を計測し、運動するのに必要な心臓・肺・筋肉・自律神経といった全身の機能を評価することができる検査です。心不全の重症度を把握することができます。

(注3)心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン:「日本循環器学会」と「日本心臓リハビリテーション学会」によって、臨床試験から得られたエビデンスを基に作成された、心臓や血管の病気を抱える患者のためのリハビリテーションに関する診療指針です。

(注4)レジスタンストレーニング:筋肉に負担をかける反復運動のことで、いわゆる筋力トレーニングのことです。

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