NHK大河ドラマ「どうする家康」でも話題の酒井忠次が城主だった吉田城。愛知県豊橋市が保存活用計画を策定しました

この記事は約3分で読めます。
 愛知県豊橋市には、「続日本100名城」(日本城郭協会選定)の一つで、NHK大河ドラマ「どうする家康」でも話題の徳川家臣団リーダー、酒井忠次が城主を務めた吉田城があります。豊橋市は、市指定史跡・吉田城址の貴重な価値を市民の共有財産として後世に継承するため、「吉田城址保存活用計画」を策定しました。

豊川対岸から望む吉田城本丸豊川対岸から望む吉田城本丸

 豊橋市を代表する文化財の一つとして、市教育委員会は2022年3月30日、吉田城址を市の史跡に指定しました。市民の貴重な歴史的財産として保存、活用などの方針を定めるため22年度に計画づくりを進めていました。4月7日(金)から、豊橋市美術博物館のサイトで計画を公開しています。

 吉田城は、戦国時代の明応年間(1492~1501年)に牧野古白が築城し、当初は「今橋城」でしたが、のちに「吉田城」に改めたとされます。1565年には、徳川家康が吉田城を攻略し、城主に酒井忠次を置きました。その後、姫路城を築いたことで知られる池田輝政も城主を務めており、城域の拡張や城下町の整備を行っています。東三河地域の政治、経済、文化などの中心になり、東海地方でも欠かせない重要な城でした。
 現在、市の中心街にある豊橋公園(都市公園)を中心に石垣や土塁、堀など城の遺構が、良好な状態で残っています。これら遺構や、複数の遺構が連動した歴史的景観が都市部に現存することが、史跡吉田城址の特徴です。

©︎香川元太郎©︎香川元太郎

 保存活用計画では、保存、活用のビジョンとなる将来像に「人が集まり・楽しみ・守り伝える 豊かな歴史に出会う吉田城址」を掲げました。
 今後、遺構の保存や歴史的景観の見える化を目的に、計画的な剪定、伐採で樹木を管理していきます。活用に向けた取組として、吉田城址や周辺の遺構、文化財に関する調査研究を進めるとともに、効果的な情報の発信により知名度を高め、観光資源としての価値を向上させていきます。

樹木の成長による石垣の損傷樹木の成長による石垣の損傷

 また、都市公園としての環境や都市景観と共存しながら、史跡吉田城址の魅力を高める整備などを目指していきます。具体的には、未来に残していきたい歴史的な景観などを城址内の見どころとしてビュースポットに設定、見える化に向けて積極的に取り組みます。現地での城郭施設の復元については、見える化や遺構保護の取り組み等を進めた上で、真に必要とされる場合に検討していきます。
浅井市長は「市民の宝として後世に継承するため、しっかりと保存していく」と話しています。

タイトルとURLをコピーしました