糖尿病における膵β細胞オートファジーの変化を明らかに

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順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学の青山周平助教、西田友哉准教授、綿田裕孝教授、および群馬大学・北里大学・新潟大学の共同研究グループは生体内でオートファジーの活性を評価できる遺伝子改変マウスを作製し、2型糖尿病の発症に重要なインスリン抵抗性の存在下では膵β細胞のオートファジーの活性が不均一化することを見出し、その機能との関連や制御機構の一端を明らかにしました。オートファジーは細胞の機能維持に不可欠なタンパク質分解系であり、インスリンを分泌する膵β細胞の機能維持にも寄与しています。本成果は、糖尿病における膵β細胞の機能維持のメカニズムに新たな知見をもたらすものです。本論文はCell Chemical Biology誌のオンライン版に2023年3月20日に公開されました。
本研究成果のポイント

  • 全身でオートファジーの活性を評価可能なpHluorin-LC3-mCherryマウスを作製
  • 糖尿病における膵β細胞のオートファジーの変化とインスリン分泌能との関係を解明
  • オートファジーの制御を介した糖尿病予防・治療法創出への基盤となる

背景
糖尿病は慢性的な高血糖が認められる病態であり、国内での患者数は約1000万人にも及ぶと推定されています。軽度では自覚症状が乏しいため長期間放置されることがあり、病気が進行すると細小血管障害である網膜症・腎症・神経障害や、動脈硬化の進行による心筋梗塞や下肢の壊死といった生命を脅かす合併症が引き起こされます。糖尿病の多くを占める2型糖尿病(*1)では、血糖値を低下させるインスリンを分泌する膵β細胞の機能不全が認められます。オートファジーは細胞内の主要なタンパク分解系であり、細胞内の恒常性維持に重要な役割を果たしていることが知られています。また、膵β細胞の機能維持にも深く関与しており、糖尿病に関連してその活性の変化や制御機構を理解することは、糖尿病治療法の開発に大きく貢献すると考えられます。しかし、生体内でそれを正確に評価することは困難でした。研究グループは蛍光タンパクを利用したオートファジー活性を評価できるタンパクであるpHluorin-LC3-mCherry(*2)を全身で発現するpHluorin-LC3-mCherryマウスを作製し、糖尿病の病態において膵β細胞を中心にその活性や機能の変化、遺伝子発現の変化の解析を行いました。

内容
本研究では、オートファジー活性(オートファジーフラックス)を評価する蛍光プローブ(*3)を全身で発現するpHluorin-LC3-mCherryマウスを作製しました。オートファジーが活性化されると、このプローブはpHluorin-LC3とmCherryに切断され、前者はオートファジーにより分解されるため、pHluorin/mCherryの蛍光強度の比が低下します。このマウスから採取した胎児線維芽細胞はアミノ酸飢餓刺激によりpHluorin/mCherry比が低下することが確認されました。さらに、飢餓刺激により肝臓や骨格筋といった臓器でpHluorin/mCherry比が低下することから、マウスにおいてもオートファジー活性を正しく評価できると考えられました。さらに、糖尿病モデルである膵β細胞破壊マウスでは、インスリンの不足により著明な高血糖をきたすとともに、インスリンの作用臓器である肝臓や骨格筋でオートファジーが活性化され、それに伴いpHluorin/mCherry比が低下することが示されました。一方で、糖尿病の発症に重要であるインスリン抵抗性(*4)が見られるモデルマウスでは、膵β細胞のオートファジーの活性が一律な変化を見せず、活性が低下したβ細胞や上昇したβ細胞の出現が明らかとなり、不均一性(heterogeneity)(*5)が顕在化しました。これらの機能的な違いを検討するため、膵β細胞をオートファジー活性の高い細胞と低い細胞に分けて採取し、ブドウ糖応答性細胞内カルシウム流入(*6)の変化を検討しました。その結果、オートファジー活性の高い細胞では細胞内カルシウム流入が大きいことが観察され、インスリン分泌能も高いと考えられました。さらに、これらの活性が異なる膵β細胞の特徴を明らかにするため、mRNAシークエンスによる網羅的遺伝子発現解析、および質量分析法によるプロテオーム解析を行いました。その結果、オートファジー活性の高い細胞では中性脂肪を分解し遊離脂肪酸に替えるのに重要なリポタンパクリパーゼの発現が上昇していることを見出しました。膵β細胞ではオートファジーの活性がインスリンよりも遊離脂肪酸の濃度変化に関係していると考えられること、また脂肪酸により膵β細胞のオートファジー活性が上昇することを踏まえると、リポタンパクリパーゼを介した脂肪酸が膵β細胞のオートファジー活性の調節を担っていることが想定されました(図)。
 

 

今後の展開
今回、研究グループはこれまで正確に評価されていなかった糖尿病病態に関連する膵β細胞のオートファジー活性の変化を報告しました。オートファジーの活性に不均一性が認められること、その不均一性が膵β細胞の機能と深く関連していること、そしてその調節に脂肪酸が関与している可能性があることを明らかにしました。今後はオートファジーの不均一性が持つ機能的な意義、特に脂肪酸代謝と関連したその顕性化のメカニズムを明らかにし、糖尿病の病態の解明とその制御による治療法の開発につなげたいと考えています。また、pHluorin-LC3-mCherryマウスは全身でのオートファジー活性評価に応用できることから、このマウスを用いて2型糖尿病に関連した膵島以外の糖代謝関連臓器での詳細な検討を行うこと、さらに糖尿病以外の様々な疾患においてオートファジーが持つ意義を解明することを計画しています。

用語解説
*1 2型糖尿病:糖尿病の病型の大部分を占め、血糖降下ホルモンであるインスリンの相対的な作用不足に伴う高血糖を特徴とする。
*2 pHluorin-LC3-mCherry:pH感受性が高い蛍光タンパクであるpHluorin・オートファゴソーム局在タンパクであるLC3・pH耐性の蛍光タンパクであるmCherryが融合したタンパク。
*3 蛍光プローブ:蛍光を利用して何らかの測定に用いるタンパクの総称であり、ここではオートファジーの活性を定量評価するためのタンパクを指す。
*4 インスリン抵抗性: 2型糖尿病発症に先行して出現するインスリンが作用しにくい病態を指す。
*5 不均一性(heterogeneity):従来は均一な細胞集団と考えられていた健常・病的な様々な組織において、機能的・形質的に不均一性が存在することが注目されている。
*6 ブドウ糖応答性カルシウム流入: 膵β細胞は細胞外のブドウ糖濃度の上昇を感知し、細胞内にカルシウム流入が引き起こされた結果、インスリンを分泌する。

研究者のコメント
●糖尿病は近年、新薬が次々と登場しているにもかかわらず根本的な治療法が見出されていません。病態についての理解が未だに不十分であることがその要因の一つと考えられます。本研究の知見は、糖尿病の病態の中心である膵β細胞の機能不全の発症・進展のメカニズムに迫るものであり、オートファジーの制御を介して糖尿病の新しい治療法の開発につながることが期待される成果であると考えられます。
●医師は患者に対する診療に注力するのみならず、基礎研究を通じて専門とする疾患について知見を深めることも極めて重要だと考えます。それは科学的な知の集積に資するとともに、その成果は様々な形で患者に還元されることを確信しています。

原著論文
本研究はCell Chemical Biology誌のオンライン版に2023年3月20日付で公開されました。
タイトル: Monitoring Autophagic Flux in vivo Revealed its Physiological Response and Significance of Heterogeneity in Pancreatic Beta Cells
タイトル(日本語訳): 膵β細胞のオートファジーフラックスの生理的変化とその不均一性の意義の検討
著者:Shuhei Aoyama, Yuya Nishida, Hirotsugu Uzawa, Miwa Himuro, Akiko Kanai, Kyosei Ueki, Minami Ito, Hitoshi Iida, Isei Tanida, Takeshi Miyatsuka, Yoshio Fujitani, Masaki Matsumoto, Hirotaka Watada
著者(日本語表記): 青山周平1)、西田友哉1)、鵜澤博嗣1)、氷室美和1)、金井晶子1)、植木響政1)、伊藤南1)、飯田雅1)、谷田以誠2)、宮塚健3)、藤谷与士夫4)、松本雅記5)、綿田裕孝1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学講座
2)順天堂大学大学院医学研究科 神経疾患病態構造学講座
3)北里大学医学部 内分泌代謝内科
4)群馬大学 生体調節研究所 分子糖代謝制御分野
5)新潟大学 医歯学系 システム生化学分野
DOI: 10.1016/j.chembiol.2023.03.001

本研究はJSPS科研費20K08917, 20H03735の支援を受け多施設との共同研究により実施されました。本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。

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