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無接種児に後追い接種を
途上国の予防接種率向上を目的とした官民パートナーシップ「Gaviワクチンアライアンス」(以下、Gavi)による現在の資金援助メカニズムは、無接種児に対する後追い接種を行うには十分とは言えない。人道危機下にあり、無接種児が多く存在する国々では、規定より年齢の高い子どもにも予防接種を行うという方針転換が非常に重要になる。さらにGaviは、医療制度が十分に機能していない国や人道危機下の国に対し、追加接種用ワクチンの購入費負担の要件を免除する緊急措置を講じて、予防接種拡大の障壁を取り除く必要がある。
人道危機と新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)という二重苦により、MSFが活動する多くの国で、子どもたちがはしか、ジフテリア、肺炎など、ワクチンで予防できる病気にかかるリスクが高まっている。MSFの予防接種・アウトブレイク対策顧問のミリアム・アリア・プリエトは、「予防接種の対象年齢を少なくとも5歳にまで引き上げることは、定期接種を受けられなかった子どもにとって大いに意義のあることです。Gaviは直ちに行動を起こし、後追い接種を希望する国々に、少なくとも5歳までワクチンを提供する必要があります。そうすれば、命を脅かされている数百万人の子どもを守れるのです」と話す。
無接種児の割合が多い国は、公的な予防接種制度が弱く、予防接種率が低い国である。その内訳は、人道危機に瀕した地域や紛争地であり、人びとは難民キャンプなど過密な環境で暮らしている。こうした地域にいる子どもは、基礎的な医療などのサービスを受けることができず、予防可能でも命を脅かす病気で亡くなりやすい。
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人道危機下の国で接種率が低下
MSFは50年以上にわたり、世界で最も困難な人道的状況のなか、定期予防接種の一環で、あるいは感染症流行の対応として、子どもたちに予防接種を実施してきた。内戦で荒廃したシリアを例に挙げると、MSFは2016年に5歳児までを対象に11万8000回以上のワクチン接種を行った。2019年には、2年以上にわたってあらゆる援助や医療・人道援助のアクセスを妨げてきた武装集団が支配する中央アフリカ共和国の遠隔地ミンガラで、2年間1度もワクチンを接種していなかった大勢の子どもに、9種類の予防接種を実施。2021年には世界各地のさまざまなプロジェクトで、定期接種の一環として5歳までの子ども250万人以上に予防接種を実施した。
2010年から2019年にかけて、無接種児の数は世界中で減少したものの、危機下の国では進展が見られなかった。その後、新型コロナのパンデミックの影響もあいまって、小児期の予防接種は歴史的後退に陥り、世界の予防接種率は2019年の86%から2021年には81%に低下した。2019年~2021年の間に、6700万人の子どもが定期接種を受けられず、その中にはジフテリア・破傷風・百日咳の三種混合ワクチン(DTP)などの基本的なワクチン接種を1回も受けられなかった無接種児4800万人も含まれている。
Gaviの「脆弱な保健医療体制、緊急事態および避難民に関する方針」では、必要な国により柔軟な支援を提供することで、無接種・接種不足の幼児を含めることを目指している。Gaviはまた、サヘル地域から「アフリカの角」(※)にかけて広がる、世界で最も過酷な地域の無接種児にワクチンを届けるため、「無接種児接種プログラム」を立ち上げた。しかし、これらのイニシアチブの対象となる年齢層や、各国に提供される資金援助モデルなどの詳細は明らかになっていない。
※ アフリカ大陸北東部にある、角のように突出する地域。エリトリア、ジプチ、エチオピア、ソマリア、ケニアの各国が含まれる。
MSFアクセス・キャンペーンのワクチン医療顧問であるシャーミラ・シェティ医師は、「世界で予防接種率の拡大が進んでいるにもかかわらず、1100万人近くの無接種・接種不足の幼児が、紛争地など、医療体制がぜい弱で人道危機的な状況にある国に暮らしており、病気の流行に対し最も無防備な状態です。人道危機にある国は、定期予防接種を実施しようにも財政的に困難なため、MSFはGaviに対し、今回の後追い接種の対象拡大において各国の共同出資の要件を免除するよう強く求めます。「大きく取り戻す」という今年のテーマの成功は、そういった措置に大きくかかっているでしょう。私たちは、ワクチンが届かない場所に住んでいるという理由だけで、病気に苦しめられたり、命を落としたりする子どもがいるべきではないと考えます」と訴えている。