テラヘルツ波は、電波と光の中間の周波数(波長)を有し、双方の特性を併せ持つ電磁波です。また、現在広く使われているX線と異なり、被ばくすることなく物体を透過させることができます。その性質を活かし、ボディースキャナーなどのセキュリティ用途では、遊園地やイベント会場など多くの人が通る入口において、人流を止めることなくセキュリティ対策を行うことが期待されます。さらに、次世代の通信方式とされる「6G」の実現に向けても活用が検討されており、高速・大容量通信の実現に貢献できることが見込まれます。キヤノンが開発した新しいデバイスは、テラヘルツ波をより強く、狙った方向により遠くまで送ることができるため、幅広い分野での技術革新と製品開発に寄与し、テラヘルツ波を用いた産業の発展や社会の変革に貢献します。
1. 従来方式と比べて大幅な小型化を実現
テラヘルツ波を発生する装置は、高い出力を確保すると発生装置全体が大きくなることが課題となっていました。キヤノンが開発したデバイスは、共鳴トンネルダイオード(※3)(Resonant-Tunneling Diode:以下、RTD)を用いた方式で、半導体とアンテナを一体集積したアクティブアンテナからテラヘルツ波を放射することが特徴です。このため、従来方式で使用されていた逓倍(ていばい)器(※4)などの部品が不要となり、発生装置において約1000分の1(※5)の小型化を実現しました。
2. 450ギガヘルツのテラヘルツ波において世界最高出力が可能
これまで、RTD を用いた方式は小型化ができる一方で、出力が低いことが課題でした。そこでキヤノンは、1個の半導体チップに36個のアクティブアンテナを集積したアクティブアンテナアレイの開発に成功し、全てのアンテナの出力を合成することにより、従来比で約10倍(※6)となる世界最高出力を実現しました。
3. アンテナアレイの同期により高い指向性を実現
従来、アンテナから放射されたテラヘルツ波は、拡散し遠くまで届かないことが課題の一つでした。キヤノンは、レンズなどの光学部品を使うことなく、独自の設計技術により全アンテナを同期させることで、単一アンテナのデバイスと比べて約20倍(※7)となる高い指向性を実現しました。これにより、遠距離での撮影や通信をコンパクトなサイズのデバイスで行うことが可能となります。
※1. 450ギガヘルツ出力の半導体デバイスにおいて。2022年12月28日現在。(キヤノン調べ)
※2. 指向性とは、電波や光などが出力されるとき、その強度が方向によって異なること。指向性が高いと一方向にエネルギーを集中することが可能。
※3. 半導体のナノ構造で生じる電子が共鳴的に障壁を通り抜ける現象を利用したダイオードであり、室温においてテラヘルツ波を直接発生させることができるコンパクトな電子デバイス。
※4. 入力された信号の周波数を整数倍に変換して出力する機器。
※5. 逓倍器および変換レンズやアンテナを用いた従来方式との体積比較。(キヤノン調べ)
※6. 従来のアクティブアンテナを用いた半導体デバイス(約1mW)とキヤノンの新デバイス(11.8mW)との比較。(キヤノン調べ)
※7. 従来の単一アンテナのデバイス(非同期、レンズ無、約10dB)とキヤノンの新デバイス(同期、約24dB)におけるアンテナ利得の比較。(キヤノン調べ) アンテナ利得は、アンテナの指向性を表す指標で、特定の方向についてどの程度の強さで集中して出力できるのかを数値化したものであり、数値が大きければ大きいほどアンテナの性能は良い。アンテナ利得はデシベル(dB)で表され、対数(log)を用いて約14dBの差は約20倍と計算される。
- テラヘルツ波について
● テラヘルツ波は電波と光の中間の周波数帯にあり、電波の透過性と光の直進性を併せ持つ電磁波。周波数は100ギガヘルツから10テラヘルツを指す。物体を透過することができる性質を活かし、ボディースキャナーなどのセキュリティ用途や自動車の塗膜などの非破壊検査の分野での活用が期待。
●通信分野では、従来の電波より高い周波数を活かした高速・大容量通信の実現に貢献できることが見込まれており、次世代の通信方式とされる「6G」の分野での活用が期待。
- 開発中のテラヘルツデバイスについて
●半導体とアンテナを一体集積したアクティブアンテナからテラヘルツ波を放射することで、従来方式で使用されていた逓倍(ていばい)器やホーンアンテナ(※8)、レンズが不要となり、コンポーネントにおいて約1000分の1の小型化を実現。
●小型化により、カメラやスマートフォンなどの電子機器にテラヘルツデバイスを搭載することができ、さまざまな用途でテラヘルツ波を活用できる可能性を拡大。
※8.ラッパのような形状をした無線通信用アンテナの一種。
●キヤノンがこれまで培ってきた半導体デバイスの設計技術と製造技術により、半導体チップ1個あたりに36個のアクティブアンテナを集積したアクティブアンテナアレイを開発し、全てのアンテナの出力を合成することに成功。これにより、450ギガヘルツのテラヘルツ波を10mWを越える出力で放射することが可能となり、従来のアクティブアンテナを用いた半導体デバイスと比べて約10倍となる世界最高出力を実現。
●高出力化により、撮影する画像をより鮮明に映すことや、通信においてより正確な信号を送ることが可能。
●独自のアンテナ設計技術により全36個のアクティブアンテナを1ピコ秒(1兆分の1秒)オーダーの精度で同期させることで、レンズやホーンアンテナなどの光学部品を使うことなく、正面方向の指向性を非同期のアンテナアレイと比べて約20倍改善。これにより、数m離れた対象物の撮影や遠距離の通信をコンパクトなサイズのデバイスで実現することが可能。
●アクティブアンテナの数が増えることで増加するノイズに対して、キヤノン独自の高周波フィルタ設計によりノイズを抑制し、電力効率において従来比約1.4倍(※9)を実現。
※9.従来のRTD(約0.7%)とキヤノンのRTD(約1%)との比較。(キヤノン調べ)
- 開発したテラへルツデバイスの活用例(人流を止める必要がないボディースキャナー)
●今回開発したテラヘルツデバイスを用いたリアルタイムアクティブイメージングにより、数m先から歩いてくる人物の衣服の下に隠された武器(拳銃やセラミックナイフなどの刃物)をリアルタイムで検知・識別することが可能となります。遊園地やイベント会場など多くの人が通る入口において、高いスループットで人流を止める必要がないセキュリティ対策の実現が将来的に期待されます。詳細はデモンストレーション動画をご覧下さい。
デモンストレーション動画: https://eqm.page.link/P1Rk
- ご参考
● 今回開発したテラヘルツデバイスに関する論文は、米国電気電子学会(Institute of Electrical and Electronics Engineers:IEEE)が発行する「IEEE Transactions on Terahertz Science and Technology」のVolume: 12, Issue: 5, September 2022に掲載されています。
・論文タイトル:A High-Power Terahertz Source Over 10 mW at 0.45 THz Using an Active Antenna Array With Integrated Patch Antennas and Resonant-Tunneling Diodes
・論文掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/9790085