高齢層の個人消費動向~物価上昇と年金の目減りが高齢世帯の家計をひっ迫~

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新型コロナウイルス感染症の拡大から既に2年以上経過したが、個人消費は依然として感染症拡大前の水準に戻らず。個人消費の約半分を占める高齢世帯の感染症拡大以降の消費動向は、外食や旅行関連支出など対面型サービス消費が落ち込み。
 ・高齢世帯の消費支出に占める対面型サービス消費の割合は1割程度だが、感染症拡大以降4割以上低下
 ・対面型サービス消費は現役世帯でも大きく減少しているが、低下幅は高齢世帯の方が10%pt以上大きい
高齢世帯の消費を停滞させてきた感染症への警戒感が下押し要因として根強く残り続けるなか、今後は更に物価高と年金の減額による家計のひっ迫が高齢世帯の消費を下押ししよう。高齢世帯は現役世帯と比べ、足元価格上昇している食料や光熱費の消費支出全体に占める割合が高く、相対的に影響が大きいことから、高齢層の消費者マインドは顕著に低下。物価上昇に対する消費量の感応度は、高齢世帯ほど負の影響が大きく、また過去の物価上昇局面よりもその傾向は強い。高齢世帯による消費の回復ペースはこれまで以上に緩慢なものとなり、わが国全体の個人消費回復の重石となろう。
1.はじめに
 新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大して2年以上経過し、ワクチン接種が進展したにもかかわらず、 4月の実質消費は依然としてコロナ前水準を下回っている(図表1)。今後は、コロナ禍で大きな打撃を受けた対面型サービスの回復が消費全体をけん引することが期待されるものの、個人消費の約半分を占める高齢者(60歳以上、図表2)は現役世代に比べて感染症への警戒感が強く、高齢者の外出抑制傾向が続けば、消費が伸び悩むことも予想される。本稿では、高齢者消費に焦点を当てて、コロナ禍の消費動向を概観した上で、(1)雇用、(2)消費者マインド、(3)インフレ進行による消費行動の変化を整理し、今後の見通しを検討する。
 なお、本稿では統計の制約がない限り、60歳以上を高齢世帯(層)、59歳以下を現役世帯(層)としている。

2.高齢世帯の消費動向概観~対面型サービスを中心に落ち込み
 感染症拡大以降の消費動向を確認するため、家計動向調査の年齢別データを消費者物価指数で実質化し[1]、消費増税による影響が含まれない2017~2018年平均と、コロナ禍の2020年、2021年、2022年1~4月の水準を比較する。
 まず消費支出全体では、2020~2022年通して高齢世帯の減少幅が大きい(図表3)。次に高齢世帯の消費支出が減少した要因について、コロナ禍の影響が集中した対面型サービス(外食、交通、放送受信料とインターネット接続料を除く教養娯楽サービスの合計)とそれ以外に分けてみると、対面型サービスが消費全体の落ち込みの主因となっていたことが改めて確認できる(図表4)。高齢世帯の消費支出に占める対面型サービス消費の割合は1割程度だが、感染症拡大以降4割以上低下したことで、高齢世帯の消費支出全体を大きく押し下げた。対面型サービス消費は現役世帯でも大きく減少しているが、低下幅は高齢世帯の方が10%pt以上大きく、感染症に対する警戒感が対面型サービス消費の抑制に繋がったと考えられる(図表5)。また、2022年は現役世帯の対面型サービス消費の減少幅が改善に向かう一方、高齢世帯の反発は相対的に鈍く、感染症に対する警戒感が根強く残っていることが示唆される。

3.雇用動向
 高齢世帯の主な収入は年金や資産所得であり、現役世帯と比べ雇用動向の影響を受けにくいが、近年高齢者の就業率は上昇傾向にあり、足元では高齢世帯のおよそ4分の1が勤労者世帯である(図表6)。そのため、コロナ禍の雇用環境の悪化が、消費へ悪影響を及ぼした可能性も考えられることから、雇用動向について確認する。
 雇用動向に関するいくつかのデータを、年齢別(60歳以上と59歳以下)に、コロナ前(2019年平均)と2022年1~4月を比較すると、労働力率は年齢に関わらずほぼ変化していない(図表7)。失業率は60歳以上、59歳以下ともにコロナ前よりもやや高い水準となっている。コロナ禍で一時急増した休職者数は全体でコロナ前比2割程度増加した状態が続いているが、高齢層と現役層で傾向に差はない。米国では厳しいロックダウン下で雇用者の解雇が急増したことが高齢層の引退を促したのに対して、日本では経済活動の制約が海外のロックダウン措置に比べると緩やかであったほか、雇用維持を重視した政策によりコロナ禍でも雇用悪化が相対的に軽微にとどまったことから、高齢層の雇用動向が目立って悪化するには至らなかった。これらのことから、高齢世帯の消費支出が現役世帯と比べ抑制的となった理由は雇用動向には見当たらず、やはり感染症への警戒の影響が大きかったと考えられる。

4.消費者マインド
 コロナ禍以降、高齢世帯の支出を抑制してきたと考えられる感染症への警戒に加え、これまで改善傾向を示していた消費者マインドの悪化が新たな懸念材料として浮上している。
 向こう半年間の消費者マインドを示す消費者態度指数は、2022年3月以降、どの年齢層も低下しているが、高齢層は他の年齢層と比べ低下幅が大きい(図表8)。消費者態度指数の構成系列(「暮らし向き」、「収入の増え方」、「雇用環境」、「耐久消費財の買い時判断」)別にみると、特に「暮らし向き」と「収入の増え方」で高齢層の落ち込みが目立っている。

 2022年入り後は世界的にインフレ率が高まるなか、ウクライナ危機の勃発で供給制約による食品やエネルギーなど身近な品目のインフレ圧力が長期化する懸念が高まったことが、消費者マインドを年齢に関わらず悪化させたとみられる。実際、マインド悪化は消費者の期待インフレ率の急上昇と共に悪化している(図表9)。そうした中で高齢者については、価格上昇が特に大きい食料や光熱費の消費支出に占める割合が他年齢層よりも高く(図表10)、これらの価格上昇が家計に大きな影響を与えたことが「暮らし向き」の一層の悪化につながったと推察される。

 「収入の増え方」が高齢層で特に低下した背景としては、年金改定の影響が挙げられる。足元で物価が上昇するなか、政府は2022年1月、2022年度年金額の引き下げ(前年比▲0.4%)を公表した。年金額は前年度も▲0.1%の引き下げがなされており、2年度連続での減額改定となる(図表11)。年金額の改定は、前年の消費者物価指数(以下、CPI)や実質賃金変動率(2~4年度前の平均)などを元に見直しがなされており、今回の減額はCPI・賃金変動率がともにマイナスであったことに基づく。高齢世帯の「収入の増え方」系列は年金の減額が公表された1月に低下し、減額適用が開始された4月[2]に最も大きく低下した。具体的な減額幅は、「夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額」で前年比月額903円減、年額10,836円減にとどまるが、物価上昇が続くと予想されるなかでの減額が、消費者マインドを大きく悪化させたとみられる。

 なお2023年度の年金額は、2022年のCPI等を元に前年比プラスでの改定が見込まれる。ただし、2021~22年度に適用されず繰り越しの生じているマクロ経済スライドによる下方調整が適用される見込みであり、2022年のCPI上昇率を下回る改定率になると想定される[3] 。よって名目でマイナスとなった今年度に続き、来年度は実質ベースでのマイナス改定となり、来年度も年金の目減りが消費の下押し要因となる可能性が高い。

5.インフレによる消費行動の変化
  消費者マインドを大きく悪化させた足元の価格上昇は、実際に消費行動の変化につながっているのか。以下では、販売価格の変化が消費行動に与える影響をみるために、家計調査の食料(外食除く28品目)について、各品目の物価上昇率と消費量(実質消費額)の関係を分析した[4]。
 2022年1~4月の価格変化率(前年同期比)と同時期の高齢世帯による消費量の変化率(同)を品目毎に示したものが図表12である。油脂(食用油及びマーガリン)や生鮮魚介、生鮮果物など、価格上昇率の大きい品目ほど消費量が大きく減少しており、消費者が値上がり品目の購入を回避していることが窺われる。

 さらに物価上昇率と消費量の関係について、過去同程度(+1%以上、消費税除くコアCPIベース)の物価上昇が生じていた2008年2~9月(「2008年」と表記)、2013年11月~2014年3月(「2014年」と表記)についても(図表13)プロットしたのが図表14である。
 これによると、いずれの時期でも物価上昇率と消費量は負の関係を示しており、消費者が物価上昇品目を回避する傾向にあることがわかるが、負の傾き度合いは直近時点(2022年1~4月)が最も大きい。足元の予想物価上昇率は統計が遡れる2013年4月以降で最高水準まで高まっており(前掲図表9)、各年齢層が今後の物価上昇を見据えて節約志向を高めるなか、これまで以上に物価上昇により消費行動が影響されやすくなったと推察される。
 年齢層別で比較すると、物価上昇率と消費量における負の関係はいずれの年齢層でも確認出来るが、負の傾き度合いは高齢世帯で最も大きいことがわかる。高齢世帯では食料(外食除く)への支出割合が高いことから(前掲図表10)、食料の価格上昇に対して相対的に敏感であると考えられる。特に足元では2022年1月に年金の減額が発表されたことも影響した可能性がある。

 以上、本分析からは、過去に比べて消費者の節約志向が高まり値上がり品目を回避する傾向が強まっていることや、特に高齢層ほど物価上昇に対する感応度が高いことが確認できた。今後供給混乱や円安進行で食料や光熱費を中心としたインフレの長期化が見込まれるなか、節約志向を高める消費行動の変化が個人消費全体を下押しする可能性がある。

 

 

 

 

 

 

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