植物の有性生殖と陸上進出の謎に迫る

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 日本女子大学 化学生命科学科 関本弘之教授,情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 豊田敦特任教授、藤山秋佐夫特命教授、および金沢大学 疾患モデル総合研究センター研究基盤支援施設 西山智明助教らの共同研究チームは、接合藻類のヒメミカヅキモ(図1)の雌雄にあたる2種の接合型(※1)のゲノムを解読して比較することにより、ヒメミカヅキモの接合型を決定する遺伝子を特定しました。
 さらに、本グループが確立したヒメミカヅキモのゲノム編集技術を用いて、この遺伝子が接合型を決定する遺伝子の本体であることを示しました。
 この遺伝子は、陸上植物の有性生殖に重要な遺伝子から接合型決定遺伝子に進化したと考えられます。また、ヒメミカヅキモは陸上植物と最も近縁な藻類の一つ(図2)であり,本研究は、陸上植物が祖先的な藻類からどのように進化して陸上に適応したのか、その謎の解明への貢献が期待されます。
 本研究の成果は、英国の科学雑誌「New Phytologist」のオンライン版に掲載されました。
【背景】
 多くの生物において、オス・メスが遺伝学的に決定され,両者の間で有性生殖が行われます。ヒメミカヅキモという陸上植物に近縁な単細胞性藻類においては、やはり性別に2型があり異なる型同士でのみ有性生殖が行われるという現象が知られていました。オス・メスと言うのは、精子・卵子という大きさの異なる生殖細胞を作ることに着目して区別しますが、ミカヅキモのように同じ形の細胞が融合し生殖をする生物では、この型のことを接合型と呼びます。こうした接合型を決定する仕組みは限られた生物でしか解明されていませんでした。
 本共同研究チームは、これまで、ゲノム解読を進めながら、ヒメミカヅキモへの外来遺伝子導入(※2)やゲノム編集(※3)技術を確立し発表してきました(Abe et al. 2011, 2016, Kanda et al. 2017, Kawai et al. 2022)。

図1.ヒメミカヅキモの栄養細胞と接合子 異なる接合型をもつ2つのヒメミカヅキモ(左)を適切な条件で混合すると,両者が出会い,融合し,接合子(右)となる。図1.ヒメミカヅキモの栄養細胞と接合子 異なる接合型をもつ2つのヒメミカヅキモ(左)を適切な条件で混合すると,両者が出会い,融合し,接合子(右)となる。

図2.接合藻類と陸上植物の系統関係 ヒメミカヅキモを含む接合藻類は,陸上植物に最も近縁なグループである。図2.接合藻類と陸上植物の系統関係 ヒメミカヅキモを含む接合藻類は,陸上植物に最も近縁なグループである。

【本研究の成果】
 ヒメミカヅキモの二つの接合型に対応する二つの系統株(NIES-67: +型, NIES-68: −型)の概要ゲノム配列(約3億6千万塩基対および3億4千万塩基対)を決定し、−型の子孫には遺伝するが+型の子孫にはない配列(約2百万塩基対の領域)を同定し、-型のゲノムの中に候補遺伝子を見出しCpMinus1と名付けました。この遺伝子をNIES-67株(+型)に導入すると、NIES-67 (+型)と接合するがNIES-68 (−型)とは接合しないという様に−型として振る舞うこと、また、NIES-68株にあるCpMinus1をゲノム編集技術によって破壊すると+型として振る舞うことが分かりました(図3)。このことから,CpMinus1が接合型をほぼ単独で決定する遺伝子であることが分かりました(図4)。
 CpMinus1は、陸上植物の有性生殖過程進行に重要な役割を示すRKD(A)遺伝子ファミリーから,雌雄性を持たない接合藻類にて独立に接合型決定遺伝子として派生したと考えられます。またクラミドモナスの接合型決定因子(MID)とも独立に接合型決定を司るようになったと考えられます。
 

 

図3.CpMinus1が性決定因子であることの実験的検証
+型細胞の染色体にCpMinus1遺伝子を導入すると、-型細胞としてふるまうようになる(= +型細胞と接合する;-型細胞とは接合しない)。
-型細胞のもつCpMinus1遺伝子を破壊すると、+型細胞としてふるまうようになる(= +型細胞と接合しない;-型細胞とは接合する)。
 

図4.ヒメミカヅキモの性決定機構
−型細胞では、−型特異的遺伝子であるCpMinus1の発現により、CpMinus1タンパク質(図中のM1)が産生されると、−型への分化に必要な遺伝子群(図中の−型分化遺伝子群)の発現が誘導される。誘導される遺伝子の中には、+型への分化に必要な遺伝子群(図中の+型分化遺伝子群)を抑制するタンパク質(図中のX)をコードしているものが含まれると考えられ、Xの影響により、+型への分化が抑制される。+型細胞では、CpMinus1が存在しないため、−型分化遺伝子群が発現せず、 +型分化遺伝子群の発現も抑制されない。AAAで示したものは、遺伝子から転写されたmRNAを示す。

【本研究の意義】
 近年、様々な生物のゲノム情報が比較的容易に得られるようになり、植物分野においても、祖先的な藻類からどのようなゲノム革新を経て植物が陸上進出を果たしたのかといった進化発生学的研究が注目されています。現在までに、緑色藻類の中でも接合藻類の仲間が陸上植物に最も近縁なグループであることが示唆されており、いくつかの接合藻類のゲノム解読が報告されました。しかし、これまでにゲノム情報が報告された接合藻類は、外来遺伝子の導入やゲノム編集などができないため、それぞれの遺伝子の機能を失わせたり、本来発現しないところで発現させるような逆遺伝学的手法では、遺伝子の役割を確認することができませんでした。さらに、これまでにゲノムが調べられた接合藻類では、接合という有性生殖現象に注目した解析がなされておらず、配偶子の雌雄性にあたる接合型がどのように決定されるのか、全く明らかになっていませんでした。
 ヒメミカヅキモは、陸上植物に近縁な藻類の中で唯一ゲノム編集可能な藻類であり、その有性生殖や植物の陸上環境への適応に関わる可能性のある遺伝子を、逆遺伝学的手法により直接解析することが可能となります。本研究の成果は、ヒメミカヅキモに留まらず、植物の生理学・進化発生学研究において重要な情報を提示することになります。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20017013, 23770277, 24247042, 24370038, 25304012, 26440223, 26650147, 15H05237, 16H02518, 16H04836, 16H06378, 18H06367, 18K19365, 19K06827, 19K22446, 19K22448, 20K21451, 21H02549, 22H05177)の支援を受けて行われました。 
 また、文部科学省科学研究費新学術領域研究ゲノム支援(221S0002)、同先進ゲノム支援(16H06279 PAGS)の支援を受けて実施されました。さらに、国立遺伝学研究所のスーパーコンピューターシステムサービス、基礎生物学研究所の生物情報解析システムを利用して、研究が行われました。

【掲載論文書誌情報】
論文名:A divergent RWP-RK transcription factor determines mating type in heterothallic Closterium
著者:Hiroyuki Sekimoto, Ayumi Komiya, Natsumi Tsuyuki, Junko Kawai, Naho Kanda, Ryo Ootsuki, Yutaka Suzuki, Atsushi Toyoda, AsaoFujiyama, Masahiro Kasahara, Jun Abe, Yuki Tsuchikane, Tomoaki
Nishiyama
掲載論文誌:New Phytologist (IF = 10.323)

【用語解説】
※1接合型:遺伝的に異なる2つの配偶子の間で接合が行われるが,両者が形態的に区別がつかない場合,互いに接合できるかどうかの組み合わせに応じて遺伝子型があることを想定して接合型と呼びます。

※2外来遺伝子導入:その生物が本来もっていないDNA,あるいは配列を改変したDNAなどを核内に取り込ませること。本研究では,“遺伝子銃”を用いてDNAを物理的に細胞内に送り込みました。

※3ゲノム編集:ゲノム内の特定のDNA配列を標的として選択的に改変する技術。ここではCRISPR/Cas9システムを利用して特定のDNA配列を切断し,修復時に元と異なる配列になる現象を利用して遺伝子の機能を欠損させる変異を作り出しました。

【本件の研究内容に関する問い合わせ先】
日本女子大学理学部化学生命科学科 教授
関本 弘之
TEL: 03-5981-3674
Email: sekimoto@fc.jwu.ac.jp

About New Phytologist
New Phytologist is a leading international journal focusing on high quality, original research across the broad spectrum of plant sciences, from intracellular processes through to global environmental change. The journal is owned by the New Phytologist Foundation, a not-for-profit organisation dedicated to the promotion of plant science. https://www.newphytologist.org/

本研究の掲載ページ:https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nph.18662

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