多色蛍光シグナル増幅システムFT-GO法の開発に成功

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順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学の山内健太 助教、日置寛之 教授らの共同研究グループは、グルコースオキシダーゼ(*1)によるグルコースの酸化反応とチラミドシグナル増幅法*2(TSA法)とを組み合わせることにより、操作安定性が高く簡便な多色蛍光シグナル増幅システムである、FT-GO (Fluorochromized Tyramide-Glucose Oxidase) 法の開発に成功しました。FT-GO法は、従来の一般的な検出法である間接法(*3)と比較して約10倍から30倍、直接法(*4)と比較して約60倍から180倍のシグナル増幅を可能にし、組織化学解析において幅広い使用が期待されます。本論文はScientific Reports誌に2022年9月12日付で公開されました。
本研究成果のポイント

  • 新しい多色蛍光シグナル増幅法であるFT-GO法を開発
  • 直接法、間接法と比較して10から180倍のシグナル増幅を達成
  • 脳内に張りめぐらされる神経突起の高感度検出に成功

背景
蛍光を用いたシグナル検出は、医学・生命科学研究において必要不可欠な方法となっています。蛍光シグナルを用いることにより、より高い解像度の染色像を得ることができます。また、異なる色の蛍光色素を同時に使用することで、複数の色を持つ画像を取得することもできます。このような優れた特徴を持つ蛍光観察ですが、そのシグナルの強度の弱さが、高解像・高精細な画像取得の妨げとなってきました。研究グループは、操作安定性が高くかつ簡便な多色蛍光シグナル増幅法を実現することを目的に、研究開発に取り組んできました。

内容
研究グループが開発に成功したFT-GO法は、グルコースオキシダーゼによるグルコースの酸化反応により生じた過酸化水素を用いた蛍光TSA法になります(図1)。過酸化水素は熱力学的に不安定な物質であるため、グルコースオキシダーゼの酵素反応を利用することで安定的に過酸化水素を供給し、操作安定性が高くかつ簡便な多色蛍光シグナル増幅システムの実現を図りました。

図1:FT-GO反応の概略図図1:FT-GO反応の概略図

研究グループは最初に、FT-GO法によりどの程度のシグナル増幅が可能になるかを調べました。その結果FT-GO法は、従来の一般的なシグナル検出法である間接法と比較して約10倍から30倍、直接法と比較して約60倍から180倍のシグナル増幅を可能にすることが明らかになりました。次に研究グループは、FT-GO法を用いたカテコールアミン*5(CA)作動性の神経軸索の可視化に取り組みました。CA作動性ニューロンは、細くて長く複雑に枝分かれした神経軸索を脳内に張りめぐらせることが知られています。間接法では、マウス脳におけるCA作動性の神経軸索を明瞭に可視化できなかったのに対して、FT-GO法ではCA作動性の神経軸索を一本一本の単位で明瞭に可視化することができました(図2)。FT-GO法によるCA作動性の神経軸索の明瞭な可視化は、霊長類であるマーモセットの脳においても成功しています。

図2:FT-GO反応によるカテコールアミン(CA)作動性神経細胞の神経軸索投射の可視化図2:FT-GO反応によるカテコールアミン(CA)作動性神経細胞の神経軸索投射の可視化

蛍光シグナル検出の利点の一つは異なる蛍光色素を用いた多色標識が可能なことです。FT-GO法により多色標識を行うには、一つの蛍光色素を用いた染色が終了する度に、TSA反応を行うための酵素であるペルオキシダーゼ(*6)(POD)を失活させる必要があります。研究グループは、防腐剤の一つであるアジ化ナトリウムを用いることにより、標的分子への影響を最小限に抑えた状態でペルオキシダーゼを失活させることに成功しました。このPOD失活法とFT-GO法とを組み合わせることにより、組織中の異なるメッセンジャーRNAをそれぞれ異なる色で標識する技術、Multiplex FT-GO FISH法を実現し、マウス大脳皮質に分布する特定のサブタイプの神経細胞を異なる色の組み合わせにより標識することができました。
近年、脳のある部位に蛍光タンパク質を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター(*7)を注入し、蛍光タンパク質の発現から神経回路構造を明らかにする試みが盛んに行われています。しかしながら蛍光タンパク質による標識では、細い神経突起の先端までをくまなく可視化することは困難でした。研究グループは、抗体で標識したシグナルをFT-GO法により増幅することにより、蛍光タンパク質の観察では検出できなかった神経軸索の標的への投射を示すことに成功しました。

今後の展開
今回研究グループは、操作安定性が高く簡便な、多色蛍光シグナル増幅システムであるFT-GO法の開発に成功しました。FT-GO法は従来の一般的な検出法に比較して格段に高いシグナル増幅効率を実現します。近年の顕微鏡技術の発展に伴い、蛍光を用いたシグナル検出は、医学・生命科学研究においてますます重要な方法となっています。操作安定性が高く簡便かつ高いシグナル増幅を可能にするFT-GO法は、今後の組織化学解析において幅広く使用されることが期待されます。

用語解説
*1 グルコースオキシダーゼ:グルコースを過酸化水素とグルコノラクトンに酸化する酵素。酵素活性の安定性が非常に高い。
*2 チラミドシグナル増幅法:ペルオキシダーゼの酵素活性を用いてチラミド基質を組織に共有結合させることによりシグナルの増幅を行う方法。ペルオキシダーゼ近傍に大量の標識チラミドが沈着することによりシグナル増幅がなされる。 
*3 間接法:免疫組織化学の検出法の一つ。目的抗原と結合する一次抗体を、一次抗体に対して結合する標識抗体である二次抗体により検出する方法。一つの一次抗体に対して複数の二次抗体が結合されるためシグナルが増幅される。
*4 直接法:免疫組織化学の検出法の一つ。目的抗原と結合する一次抗体を色素で標識することにより直接シグナルを検出する方法。
*5  カテコールアミン:カテコール基とアミノ基をもつ化合物の総称。神経科学においては神経伝達物質であるドーパミン、ノルエピネフリン、エピネフリンの3つを指す。
*6  ペルオキシダーゼ:酸化還元酵素の一種。過酸化水素による物質の酸化を触媒する。
*7  アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター:非増殖性かつ毒性のないウイルスベクター(目的の遺伝子情報を組み込んだウイルスを細胞に感染させ、その感染細胞に目的遺伝子を発現させる方法)。最近では基礎研究分野での利用だけでなく、遺伝子治療への応用開発が進められている。

原著論文
本研究はScientific Reports誌のオンライン版に2022年9月12日付で公開されました。
タイトル: Fluorochromized Tyramide-Glucose Oxidase as a multiplex fluorescent tyramide signal amplification system for histochemical analysis
タイトル(日本語訳): 多色蛍光チラミド増幅システムFluorochromized Tyramide-Glucose Oxidase(FT-GO)法の開発
著者:Kenta Yamauchi, Shinichiro Okamoto, Yoko Ishida, Kohtarou Konno, Kisara Hoshino, Takahiro Furuta, Megumu Takahashi, Masato Koike, Kaoru Isa, Masahiko Watanabe, Tadashi Isa, Hiroyuki Hioki
著者(日本語表記): 山内健太1, 2)、岡本慎一郎1, 2, 3)、石田葉子1, 2, 3)、今野幸太郎4)、星野希沙良1, 2)、古田貴寛5)、高橋慧1, 2, 6, 7)、小池正人2, 3)、伊佐かおる6)、渡辺雅彦4)、伊佐正6, 8)、日置寛之1, 2, 9)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学、2)順天堂大学大学院医学研究科神経機能構造学、3)順天堂大学健康総合科学先端研究機構、4)北海道大学大学院医学研究院解剖学分野解剖発生学教室、5)大阪大学大学院歯学研究科口腔解剖学第二教室、6)京都大学大学院医学研究科高次脳科学講座神経生物学、7)日本学術振興会特別研究員、8)京都大学ヒト生物学高等研究拠点、9) 順天堂大学大学院医学研究科マルチスケール脳構造イメージング講座
DOI: 10.1038/s41598-022-19085-9

本研究は以下の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。また、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

【日本医療研究開発機構(AMED)】
「脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト) (JP22dm0207112)」
「脳科学研究戦略推進プログラム(JP19dm0207093、JP18dm0207020)」

【科学技術振興機構(JST)】
ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2024)
創発的研究支援事業(JPMJFR204D)

【日本学術振興会(JSPS)】
基盤研究(B) JP21H03529、JP21H02589、JP21H02592
基盤研究(C) JP20K07231、JP20K07743
特別推進研究 JP20H05628

【順天堂大学】
順天堂大学大学院共同研究マルチスケール脳構造イメージング講座(株式会社ニコンソリューションズ)
老人性疾患病態・治療研究センター研究奨励費 X2001、X2016
研究ブランディング事業

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