私たちの生活で幅広く活用されるプラスチックをリサイクルするには、ABS(※1)、ポリプロピレン(PP)などの種類を正確に選別する必要があります。現在、プラスチック片の種類選別では、近赤外分光法(※2)が主流ですが、家庭用電化製品や自動車の内装などに多く使用される黒色プラスチック片は可視光を通さず反射もしないため、選別することができず、多数が燃料として再利用されています。一方でラマン分光法(※3)は、レーザー光をプラスチック片に照射し、物質の分子情報を取得する測定法で、黒色プラスチック片も計測できます。しかし、黒色プラスチック片は散乱する光が少なく、他の色のプラスチック片に比べて計測に時間がかかるため、高速に多量の処理が必要なプラスチック選別への適用は困難でした。そこで、ラマン分光法とキヤノンの計測・制御機器を組み合せることにより、1つ1つのプラスチック片の色に合わせた計測時間を確保し、黒色も含めたプラスチック片を高速かつ高精度に同時選別するトラッキング型ラマン分光技術を開発しました。効率良く選別することで、再利用できるプラスチック量の最大化に貢献します。
トラッキング型ラマン分光技術(※4)の特長は、キヤノンの計測・制御機器を使い、高速に動くベルトコンベヤー上のプラスチック片の正確な位置を把握し、レーザー照射位置を走査する(※5)ことで、それぞれのプラスチック片の選別に必要な時間のレーザー光を照射し続けられることです。非接触測長計「PD-704」(2021年5月発売)は、高速に動くベルトコンベヤーの速度を高精度に計測できます。さらに、ガルバノスキャナー「ガルバノスキャナーモーターGM-2020」(2022年1月発売)は、ベルトコンベヤー上のプラスチック片に合わせて高精度にレーザー光を走査し、走査時間をプラスチック片の色により変更します。これにより、高速にプラスチック片が搬送される中でも、ラマン分光法の課題であるプラスチック片の色の違いによる散乱光量の差をレーザー光の走査時間で解決し、高生産性と高精度の両立を実現します。
つくる責任つかう責任(SDGsゴール12)が国連の開発目標として定められています。キヤノンは、2008年に環境ビジョン「Action for Green」を制定しました。「豊かな生活と地球環境が両立する社会」の実現に向けて、製品ライフサイクル全体での取り組みを通じ、人々の生活をより一層豊かにする製品・サービスの提供と、環境負荷の低減を同時に推進しています。
※1. アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)からなるプラスチック。熱に強く、衝撃に強い特長がある。
※2. 測定する物体に近赤外線を照射して、反射や透過など、物体特性に応じた光の吸収を測定し、樹脂の種類を特定する方式。
※3. 詳細は「トラッキング型ラマン分光技術を導入したプラスチックの選別方法のしくみ」を参照。
※4. 具体的な計測方法は、「ラマン分光方式について」を参照。
※5. レーザー位置を連続的に動かして、動く対象物にレーザーを当て続けることで、反射光を取り込むこと。
〈トラッキング型ラマン分光技術を導入したプラスチックの選別方法のしくみ〉
1.プラスチック片を投入。
2.画像認識システムで計測前にあらかじめプラスチック片の位置だけでなく色の明るさや大きさなどの特長を判別。
3.非接触測長計「PD-704」でベルトコンベヤーの速さを計測。
4.ガルバノスキャナー「ガルバノスキャナーモーターGM-2020」に付けた専用ミラーでレーザー光をプラスチック片1つ1つに追従して照射。
5.反射したレーザー光や散乱光をキヤノンの開発した受光ユニットで受光。
6.独自開発した分光ユニットでラマン散乱光を計測。
7.独自開発した識別ソフトで解析。設定を変更することで、多種多様なプラスチックの選別が可能。
〈ラマン分光方式について〉
レーザー光を物質に照射することで、物質の化学組織情報を多く含むラマン散乱光と呼ばれる光が取得できます。ラマン散乱光を解析することで、物質の素材を特定する手法が「ラマン分光方式」です。有機物の測定に適した方式のため、プラスチックの選別に適しています。