こどもの希少免疫疾患「若年性皮膚筋炎」の症状や病態と関連するタンパク質の特徴が明らかに

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千葉大学大学院医学研究院の佐藤裕範特任助教、井上祐三朗特任准教授らの研究グループは、かずさDNA研究所、北海道大学、信州大学、日本医科大学、京都府立医科大学との共同研究で、若年性皮膚筋炎(Juvenile dermatomyositis: JDM)患者血清の高深度プロテオーム解析(注1)を行い、臨床症状や病態に関与するタンパク質の特徴を明らかにしました。その結果、特に抗MDA5抗体を持つJDM患者の血中には、Ⅰ型インターフェロン(注2)や免疫プロテアソーム活性(注3)に関わるタンパク質が多く発現していることが分かりました。これらの結果は、今後、新たな治療法やバイオマーカー(注4)の開発に役立つ可能性があります。
本研究成果は国際医学雑誌 Rheumatology に掲載されました(2023年4月13日)。
  • 研究概要

1.最新鋭の高深度プロテオーム解析を用いて、10μLの血清から2,000種類を超えるタンパク質が検出された。健常者の血清と比較した結果、JDM患者の血清には臨床症状に関連する多くのタンパク質が存在することが明らかとなった。
2.3種類の筋炎特異的自己抗体(MSA)(注5)別にタンパクプロファイル解析を行った結果、MSAの違いによって、発現するタンパク質の種類や量が異なっていた。特に抗MDA5抗体陽性JDMでは、Ⅰ型インターフェロンや免疫プロテアソーム経路に関連するタンパク質の発現が増加していた。
3.MSAが異なるJDMごとに、病態に関連する重要な分子を同定することは、個別化医療につながる可能性がある。

  • 研究の背景

 小児の希少免疫疾患である若年性皮膚筋炎(JDM)は、筋・皮膚病変や肺合併症など、多彩な症状をきたす自己免疫疾患(注6)です。日本国内では10万人あたり約1.7人が発症するとされている稀な疾患です。近年、多くの筋炎特異的自己抗体(MSA)の発見によって、これらの症状がMSAによって特徴づけられることが明らかとなりました。日本人のJDM患者の約90%はMSAのうち抗MDA5抗体、抗NXP2抗体、抗TIF1-γ抗体のいずれかの抗体を持つとされていますが、これまで病態に関わる分子の詳細な分析についてはほとんど報告がありませんでした。
 近年、病態の解明やバイオマーカーの開発技術として、臨床試料を用いたプロテオーム解析が注目されています。本研究では、最新鋭の質量分析計と高い解析技術を搭載した高深度プロテオーム解析法を用いてJDM血清中のタンパク質を網羅的に分析し、MSAのタイプ別に異なる発現をもつタンパクプロファイルの特徴を明らかにすることを目的としました(図1)。

  • 研究の内容と結果

 多施設共同研究として行われた本研究は、治療介入前のJDM患者15名 (抗MDA5抗体陽性5名、抗NXP-2抗体陽性5名、抗TIF1-γ抗体陽性5名) と健常者5名の血清を分析しました。検出されたタンパク発現量の比較統計解析を行い、MSAに特徴的に変化するタンパクグループの同定と病態に関わるパスウェイ解析(注7)を行いました。
 その結果、JDMの末梢血中で増加しているタンパク質群の中には、共通したタンパク質が多く含まれている一方で、各MSAで個別に異なっているタンパクの種類や発現量がそれぞれの臨床的特徴を示すタンパクプロファイルを構成していることが明らかとなりました。特に、発熱や倦怠感が出現しやすい抗MDA5抗体陽性JDMでは、炎症や全身症状を引き起こしやすいインターフェロン活性や免疫プロテアソームに関わるタンパク質が増加しており、筋力低下や筋痛などの筋炎症状をきたしやすい抗NXP2抗体陽性JDMでは、他の群よりも多くの筋肉の酵素タンパクが増加していることが分かりました。このように、全身を流れる血液中の詳細なタンパク分析を行う事で、実際の症状に関連するどの分子が増加しているのかを知ることができます。

  • 今後の展望

 今回のような方法で発現タンパク質を詳細に解析し病態を理解していくことは、疾患の予後予測や治療戦略を立てる点で非常に重要です。MSAの病態に関連する重要な分子を同定することで、将来的に分子療法の適用や個別化医療の実現に近づく可能性があります。治療標的や新規バイオマーカーの検討を行うためには、更にサンプル数を増やした解析や、合併症などの異なる視点に注目した解析をすすめていく必要があります。

  • 掲載論文

タイトル:In-depth proteomic analysis of juvenile dermatomyositis serum reveals protein expression associated with muscle-specific autoantibodies
掲載誌:Rheumatology.(DOI: https://doi.org/10.1093/rheumatology/kead165

  • 著者名

・佐藤裕範(千葉大学大学院医学研究院 小児病態学)
・井上祐三朗(千葉大学大学院医学研究院 総合医科学)
・川島祐介(かずさDNA研究所)
・小原收(かずさDNA研究所)
・紺野亮(かずさDNA研究所)
・桑名正隆(日本医科大学 アレルギー膠原病内科学)
・小林法元(長野赤十字病院 小児科)
・竹崎俊一郎(北海道大学大学院医学研究院小児科学教室)
・秋岡親司(京都府立医科大学大学院医学研究科 小児科学)

  • 用語説明

(注1)高深度プロテオーム解析:プロテオームとは、タンパクを表す英語の「プロテイン(protein)」と、遺伝子情報のかたまりを示す「ゲノム(genome)」を合わせた造語であり、ごく少量の生体試料に含まれているタンパク質の構造や機能を遺伝子解析のように詳細に解析する技術を指す。最新鋭の分析計と解析技術を組み合わせることで、従来のプロテオーム解析よりも更に高深度に分析することができる。
(注2) インターフェロン:体内で病原体や腫瘍細胞などの異物に反応して細胞が分泌する蛋白質のこと。ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系および炎症の調節などの働きをするサイトカインの一種である。様々な疾患に関与し、抗ウイルス薬や抗がん剤などにも用いられている。
(注3)プロテアソーム:細胞内である種のタンパク質の分解に関わる複合体のこと。特に、免疫プロテアソームは自己免疫疾患の発症やサイトカインの放出に関連すると考えられている。
(注4) バイオマーカー:ある疾患の早期診断や治療効果などの指標となる生体データのこと。プロテオーム解析や遺伝子解析などで発見されるタンパク質や遺伝子なども含まれる。
(注5) 筋炎特異的自己抗体(MSA):自己抗体とは、自己免疫性疾患の診断となる自分自身の細胞や臓器を障害する抗体の事であり、中でも筋炎に特徴的な抗体を筋炎特異的自己抗体(MSA)と呼ぶ。近年の研究から新たなMSAが相次いで発見されており、現在は10種類近くにも及ぶ。成人と小児の筋炎で出現頻度や種類が大きく異なる。
(注6)自己免疫疾患:本来なら体を守る免疫機構に異常が生じて、自分自身の体の一部を攻撃してしまう疾患の総称。代表的な疾患として、関節リウマチやバセドウ病、全身性エリテマトーデス、皮膚筋炎、シェーグレン症候群などがある。
(注7) パスウェイ解析:発現変化する遺伝子情報やタンパク質群を用いて、機能や代謝経路、相互作用や疾患に関わる制御にどのような影響を与えているのかを解析する手法。

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