レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database)を解析

この記事は約5分で読めます。
 公益財団法人ちば県民保健予防財団の藤田美鈴主席研究員および羽田明調査研究センター長らは、千葉大学、慶応義塾大学と共同で、厚生労働省が管理するレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database)(注1)のサンプリングデータセット(注2)を利用し、Coronavirus disease 2019 (COVID-19) パンデミック前後の乳がんの手術件数を調べました。
 その結果、「腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除」が一時的に有意に減少しましたが、そのほかの手術は変化していませんでした。本研究成果は、2023年3月27日に、学術誌Scientific Reportsに掲載されました。
研究の方法
 厚生労働省から2015年1月~2021年1月のNDBのサンプリングデータセット(年4回作成:1、4、7、10月)の提供を受けました。各手術について、各月の診療報酬明細書(レセプト)(注3)の件数をカウントし、時系列分析(注4)という手法を用いて、パンデミック前の手術数の推移から、パンデミック後の手術数を予測するとともに(パンデミックがなかったと仮定した場合の手術数の予測値)、パンデミック後の手術数の変化量を推定しました。

調べた乳がん手術
・全乳がん手術(以下の4つの手術を含む)
・腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除
・腋窩リンパ節郭清を伴わない乳房切除
・腋窩リンパ節郭清を伴う部分切除
・腋窩リンパ節郭清を伴う乳房切除

※部分切除:乳房全体ではなく、乳がんとその周りの乳腺だけを切除する手術。乳房温存手術ともいう。
※乳房切除:乳房全体を切除する手術。
※腋窩リンパ節郭清:乳がんが転移しやすいわきの下にあるリンパ節を切除する手術。

研究の結果とコメント
 「腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除」は、2020年7月および10月に有意に減少しました。一方、そのほかの手術については、有意な変化を認めませんでした(図1参照)。「腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除」は、比較的早期の乳がんに対して行われることから、早期がんの手術の減少が示唆されました。
 年齢別の解析では、0~49歳、50~69歳では、「腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除」の減少とともに、「乳房切除」についても減少の動きが認められ、その結果、「全乳がん手術」が減少していました。この結果から、平時では乳がんの手術を受けた可能性のある患者が未治療のままであった可能性が示唆され、この年代では、今後、乳がんの予後の悪化が懸念されます。
 一方、70歳以上では、「腋窩リンパ節郭清を伴わない部分切除」は減少しましたが、「乳房切除」は増加の動きを示し、その結果、「全乳がん手術」の件数は変化していませんでした。一般的に、部分切除は、術後の放射線治療を伴うため、頻繁な通院が必要となります。70歳以上では、通院を避けるため、一部の部分切除が術後放射線治療を伴わない乳房切除に置き換えられた可能性があります。この年齢層では、部分切除の代替として、乳房切除が行われている可能性が示唆されるため、若い世代に比べて、乳がんの予後の悪化の影響は小さいかもしれません。
 

図1.乳がん手術数の推移
年に4時点(1月、4月、7月、10月)を観察
黒線:観察された手術数
赤の破線:パンデミック前の推移から予測されたパンデミック中の件数(パンデミックがなかった場合と仮定した場合の手術数の予測値)
赤の点線:95%信頼区間(観察された手術数が赤い点線外の場合、統計学的に有意に変化していると判断する)

用語の説明
注1)レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database):NDBは、「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、厚生労働省が蓄積管理しているデータベースで、我が国のレセプト情報と特定健診・特定保健指導情報が蓄積されています。
注2)サンプリングデータセット:NDB情報は、研究等が利活用するために、一定の条件の下、第三者に提供されています。提供形式は3種類あり、そのうちの一つがサンプリングデータセットです。サンプリングデータセットは、年に4回(1月、4月、7月、10月)、NDB情報からレセプト情報を一定の確率で抽出したものです。
注3)診療報酬明細書(レセプト):医療機関が健康保険組合などの公的医療保険者に対して、保険医療に要した費用を請求するために発行する明細書のことです。毎月、患者ごとに作成されます。
注4)時系列分析:Interrupted time-series analysis using seasonal autoregressive integrated moving average (SARIMA) modelsを用いて解析を行いました。この方法を用いることで、自己回帰、移行平均、トレンド、季節変動を調整したうえでの変化量を推定することができます。

論文情報
タイトル:Impact of coronavirus disease 2019 pandemic on breast cancer surgery using the National Database of Japan
著者:Misuzu Fujita(1),(2), Hideyuki Hashimoto(1), Kengo Nagashima(3), Kiminori Suzuki(1), Tokuzo Kasai(1), Kazuya Yamaguchi(1), Yoshihiro Onouchi(2), Daisuke Sato(4), Takehiko Fujisawa(1), Akira Hata(1)
(1)公益財団法人ちば県民保健予防財団、(2)千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学、(3)慶應義塾大学病院 臨床研究推進センター 生物統計部門、(4)千葉大学医学部附属病院 次世代医療構想センター
雑誌名:Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-023-32317-w

タイトルとURLをコピーしました