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日本全国の1万人弱を対象に、株式会社アジャイルHRと株式会社インテージが共同開発した「A&Iエンゲージメント標準調査」を実施しました。その結果からわかった日本の従業員エンゲージメントの実態をレポートします(詳細レポートは〔https://wakuas.com/engagement/〕からダウンロードできます)。
1.従業員エンゲージメントは、個人と組織のパフォーマンス向上に対してプラスの影響を及ぼしている
最初に、「従業員エンゲージメント」の定義を確認します。会社への帰属意識や、組織への貢献意欲を指して、この言葉が使われることもありますが、従来、このような帰属意識や貢献意欲は「組織コミットメント」という概念で説明されてきました。
他方、「ワークエンゲージメント」という概念もあります。ワークエンゲージメントとは、仕事からエネルギーをもらったり(活力)、仕事にやりがいを感じたり(熱意)、仕事に夢中になったり(没頭)しているときのポジティブな心理状態を指しています。
ワークエンゲージメントと組織コミットメントは、どちらも「個人の心理状態」を表していますが、関心の対象と内容が異なります。前者は仕事における充実感、後者は組織に対する思い入れを意味しており、双方ともに個人と組織のパフォーマンスに対して影響を及ぼします。
今回の調査データを見ると、自分の仕事に達成感ややりがいを感じる」(つまりワークエンゲージメントが高い)人ほど、仕事で新しい挑戦をしたり成長したりしていると感じていることを示しています(図1)。
また、「私は、働いている会社の一員なのだ、と強く感じている」(つまり組織コミットメントが高い)人ほど、今の会社で働き続けたいと思っていることを示しています(図2)。
このような挑戦や成長の実感、継続勤務意欲は個人と組織のパフォーマンスを高めるために重要な原動力(ドライバー)となります。ワークエンゲージメントと組織コミットメントは、どちらもパフォーマンス向上の原動力に対してプラスの影響を及ぼすため、本調査では、「従業員エンゲージメント=ワークエンゲージメント+組織コミットメント」という定義を用いています。
2.「日本の従業員エンゲージメントはなぜ低いのか?」の理由は、国際比較ではわからない
ギャラップ社やコーン・フェリー社などによる国際調査では、日本の従業員エンゲージメントは調査国中で最下位が定位置となっています。このような調査結果に対しては、しばしば国民性の違い(自己肯定感の高さの違いなど)が指摘されています。たとえば、「インドの従業員エンゲージメントは非常に高いのに、なぜ簡単に会社を辞めるのか?」といった疑問を呈する人もいます。
コーン・フェリー社の調査では、従業員エンゲージメントだけでなく、その原因指標まで含めて調査されていますが、日本は他国と比較して、特定の原因というよりもすべての原因指標において低い値を示しています。
だから、やはり国民性の違いだと言いたいわけではなく、調査結果を客観的に受け止めつつ、エンゲージメントが低い理由を解明するためには、国際比較だけでなく、国内における調査データを深掘りすることが必要になると考えました。
そこで、私たちの調査では、「日本の従業員エンゲージメントはなぜ低いのか?」の「なぜ」に関して、次の2つの仮説をもって臨みました。
「なぜ」の仮説①
●従業員エンゲージメントに対してマイナスに作用している、何らかの要因が存在する
「なぜ」の仮説②
●従業員エンゲージメントの全体平均を下げている、特定のセグメントが存在する
以下では、これら2つの仮説に関して、調査結果からわかった実態を解説します。
3.エンゲージメントを下げている要因は、管理型の組織マネジメントにあると推測。ジョブ型雇用でないことは要因ではない
ワークエンゲージメントのスコアに影響を及ぼす諸要因は、過去の学術調査でかなり明らかになっています。その一つが、東京大学が中心となって作成された厚生労働省の新職業性ストレス簡易調査票で、そこでは仕事の資源として17項目が定義されています(「資源」とは換言すると「エネルギー源」であり、ワークエンゲージメントに影響を及ぼす要因を意味します)。
本調査ではそのうちの16項目を活用して調査対象としました。図3は仕事の資源の各項目の全国平均値を示しています。
スコアの高い項目ほどワークエンゲージメントに対してプラスに作用し、スコアが低いほど抑制的に作用します。本調査では、「そうだ4点」「まあそうだ3点」「ややちがう2点」「ちがう1点」として計算しているため、肯定的回答と否定的回答が均衡した場合の平均は2.5となります。
スコアがもっとも高い項目は「役割明確さ」で、自分の職務や責任が何かがわかっているかという問いに対して、回答者の88.5%が肯定的に回答しています。日本では欧米のようなジョブ型雇用が進んでおらず、各人の職責が明確でないことがエンゲージメントを下げる要因になっている、という仮説は成り立たないと言えます(職責が不明確だとは感じられていない)。
次に高い項目は「仕事の意義」で、回答者の82.2%が自分の仕事には意味があると肯定的に回答しています。意味があると感じられることは、仕事のやりがいを高めます。
これらの2項目はどちらも「自分の仕事」が主語となっています。「仕事の適性」や「仕事のコントロール」を含めて、仕事による動機付けは、どれもワークエンゲージメントに対してプラスに働く要因となっています。
他方でスコアの低い項目は、以下のように「会社」や「職場」や「上司」が主語となっています(カッコ内は肯定的回答の比率)。なお本調査では、これらの項目はワークエンゲージメントだけではなく、組織コミットメントに対しても強く影響を及ぼすことが確認されました。
「公正な人事評価」(36.2%):評価結果のフィードバックが不十分
「キャリア形成」(36.2%):意欲向上やキャリア形成に役立つ教育が不足
「上司のリーダーシップ」(44.8%):能力開発に関する上司の支援が不足
「変化への対応」(46.4%):従業員の意見への傾聴が不足
「個人の尊重」(46.4%):個人の価値観に対する尊重が不十分
上記の結果から以下の状況が読み取れます。
①個人の成長やキャリア形成に資するフィードバック、教育機会、上司からの支援が十分でないと感じられている
②職場のコミュニケーションが一方通行で、個人の考えや価値観が大切にされていないと感じられている
これらは「ピープルマネジメント」の問題と言えます。ピープルマネジメントとは、従業員一人ひとりに応じた動機付けや成長支援によって、個人と組織のパフォーマンスを高めることを目的としたマネジメント方法を指しています。
多くの日本企業では、長らく上意下達の目標管理による管理型の組織マネジメントが徹底されてきましたが、そのような外発的な動機付けが、従業員エンゲージメントという、きわめて個人的な心理状態のポジティブ度を抑圧しているのではないかと推測されます。
4.30歳代が従業員エンゲージメントの危機世代。日本人の会社に対するかつての愛着心は希薄化したのか?
セグメント別の実態に関して、最初に年代別の状況を確認します。
図4からわかるように、30歳代のワークエンゲージメントと組織コミットメントがもっとも低くなっています。これは現在の30歳代がたまたま低いと考えるよりも、20歳代から30歳代になるとともに従業員エンゲージメントが下落すると考えた方が自然です。
20歳代は上司や先輩からそれなりにケアされ、研修機会も比較的多かったところが、30歳代になると一人前とみなされて、孤立した状況に感じられるのかもしれません。
特に組織コミットメントの落ち込み幅が大きく、その後、40歳代、50歳代になるにつれて、多少は回復するものの、2.5を上回ることはありません。この結果は、会社に対する愛着心が強かったかつての日本企業の印象とは大きく異なっています。
いずれにしても、従業員エンゲージメントの全体平均を上げるためには、30歳代での落ち込みを防ぐ対策が必要と考えられます。
なお、60歳代のワークエンゲージメントの高さも顕著です。定年後再雇用となって、仕事に集中できているのではないかと推測されます。
5.一般社員の従業員エンゲージメントはパート・アルバイトよりも低い。経営層と非管理職層・非正規雇用層のスコアにはきわめて大きな開き
図5は雇用形態・役職別のワークエンゲージメントと組織コミットメントの平均値を表しています。
雇用形態別では特に派遣社員のワークエンゲージメントと組織コミットメントがもっとも低い値を示しています。
しかし、ワークエンゲージメントに関しては、会社員(一般社員)よりも契約・嘱託社員とパート・アルバイトの方が高く、組織コミットメントに関しては、会社員(一般社員)と契約・嘱託社員、パート・アルバイトはほぼ同レベルであることから、正規雇用の方が従業員エンゲージメントは高いとは一概に言えない結果となっています。
会社員の役職別で見ると、役職が上の人ほどワークエンゲージメントと組織コミットメントが高く、会社生活が充実していく様子がうかがえます。経営層と下位層との体感温度差は非常に大きいと言えます。
従業員エンゲージメントの全体平均を上げるためには、非管理職と非正規雇用に対する動機付けや成長支援が必要とされます。
6.業種によって従業員エンゲージメントに大きな差がある。ワークエンゲージメントには業界特性が反映
図6は業種別のワークエンゲージメントと組織コミットメントの平均値を表しています。
業種によって従業員エンゲージメントの水準はかなり異なっています。特にワークエンゲージメントの差は大きく、もっとも高い教育・学習支援業ともっとも低い製造業とでは、0.42の開きが見られます。
業種によって、「仕事の意義」が明確である、もともと「仕事の適性」に合った人が就職している、個人の裁量によって「仕事のコントロール」がしやすいなどといった業界特性があるものと考えられます。
本調査では、ワークエンゲージメントの高さが組織コミットメントに影響することも検証されています。そのため、ワークエンゲージメントが高い業種ほど組織コミットメントも高くなる傾向にありますが、ワークエンゲージメントに比べて差はゆるやかです。また、
1業種(不動産業・物品賃貸業)を除いて、スコアは2.5を下回っています。
従業員エンゲージメントの全体平均を上げるために、特定の業種に限った対策を施すことは困難であるため、それぞれの会社において、年齢別や雇用形態・役職別の対応策を講じることが必要です。
7.従業員規模による顕著な差はない
図7は従業員規模別のワークエンゲージメントと組織コミットメントの平均値を表しています。
ワークエンゲージメント、組織コミットメントともに若干の差はありますが、従業員規模別という切り口では顕著な傾向は見られません。
人事制度や研修プログラムが整備されている大企業の方が高いとか、逆に全員の顔と名前が一致する中小企業の方が高いとかいった仮説も想定されましたが、そのような傾向はありませんでした。
以上
■執筆者
松丘啓司(まつおか・けいじ)
株式会社アジャイルHR代表取締役社長
東京大学法学部卒業後、アクセンチュア入社。同社のヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナーを経て、2005年に企業の人材・組織変革を支援するエム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立し代表取締役に就任。2018年に株式会社アジャイルHRを設立し代表取締役に就任
著書「1on1マネジメント」(2018年)はピープルマネジメントの教科書として多くの企業で活用されている。「人事評価はもういらない」(2016年)は人事だけでなく一般の読者にも広く読まれるベストセラーとなった。2023年に「エンゲージメントを高める会社~人的資本経営におけるパフォーマンスマネジメント」を上梓
■A&Iエンゲージメント標準調査について
株式会社アジャイルHRと株式会社インテージによって共同開発されたA&Iエンゲージメント標準調査の詳細は以下をご覧ください。
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