量子力学におけるポテンシャル中の粒子の位置とエネルギーの関係を解明

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 静岡大学理学部の森田健准教授は、量子力学における不確定性関係を応用することで、粒子の位置とエネルギーの期待値の間に成立する、制限関係の導出に成功しました。
【研究のポイント】
・ニュートン力学で良く知られているポテンシャル中の粒子の運動可能な範囲とエネルギーの関係を、量子力学で解明することに成功。
・不確定性関係を応用することで、量子系のエネルギー準位などをシュレディンガー方程式を解かなくても導出に成功。

 ニュートン力学では、ポテンシャルに閉じ込められた粒子が、ポテンシャル内で運動できる範囲(粒子の位置の取り得る範囲)は、その粒子のもつエネルギーによって決まることが良く知られています。しかし、ニュートン力学は、量子力学が支配するミクロな世界ではそのまま成立しません。そのためこの関係もミクロな世界では量子力学を通した理解が必要となります。
 本研究では、量子力学の基本法則である不確定性関係を応用することで、粒子の位置とエネルギーの期待値が、ある制限関係を必ず満たすことを解明しました。そしてこの制限関係がニュートン力学における、粒子の運動可能な範囲とエネルギーの関係に相当することを示しました。
 また、本研究では量子系において、基本的な物理量であるエネルギー準位を、不確定性関係を応用することで、導出できることを指摘しました。通常、エネルギー準位はシュレディンガー方程式と呼ばれる量子力学の基本方程式を解いて導出しますが、不確定性関係からもエネルギー準位の導出が可能という事は、これまでの概念を覆すものです。
 なお、本研究成果は、2023年1月9日に、日本物理学会の発行する国際雑誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載されました。

 

【研究者コメント】
 ニュートン力学における、粒子のエネルギーと位置の関係は、高校の物理で習う力学の初歩的な性質です。それにもかかわらず、これまで量子力学では、それに対応する関係が不明瞭でした。本研究を通して、その関係を解明することが出来ました。今後は、この関係の応用を考えていきたいです。

【研究概要】
 ニュートン力学では、ポテンシャル中に閉じ込められた粒子が、ポテンシャル内で運動できる範囲(位置の取り得る範囲)と粒子のもつエネルギーの間に、密接な関係があり、一般にエネルギーが高ければ高いほど、運動できる範囲が広がることが知られています。本研究では、このニュートン力学における位置とエネルギーの関係を、量子論のレベルから説明することに成功しました。また不確定性関係を応用することで、量子系のエネルギー準位などをシュレディンガー方程式を解かなくても導出できることを指摘しました。

【研究背景】
 ミクロの世界では、全ての現象が確率によって支配されていることが知られています。例えば、全く同じ条件で、同じ粒子の位置を測定したとしても、一般に粒子の検出される位置は測定毎に変わります(図1)。しかし、その測定を繰り返すと、粒子の測定位置がある確率分布に従っていることがわかります。そして、この確率分布は、量子力学と呼ばれる理論体系で説明出来ることが20世紀初頭に解明されました。 

 

 

 

図 1 量子力学における位置の測定図 1 量子力学における位置の測定

ミクロの世界では、物理現象が確率によって支配されます。

 量子力学を用いると「粒子がその位置に存在する確率は○○%。」「粒子の位置を測定した場合の期待値(平均値)は△△。」「粒子の速度を測定した場合の期待値は□□。」と、確率を通して粒子の運動の予言が可能となります。このようにミクロな世界は確率によって支配されているのですが、私たちの日常生活では、それを実感することはあまりありません。例えばボールを手から離すと、毎回同じようにボールは落下します。実際、私たちの身の回りの物体の運動は、ニュートン力学でよく記述されます。そしてニュートン力学では、基本的に確率的な要素がありません。そのため、同じ条件で実験をすれば、毎回同じ結果が得られることをニュートン力学は予言します。(量子力学は確率論であるのに対して、ニュートン力学は決定論です。)

 このようにミクロな世界を記述する量子力学と、私たちの世界を記述するニュートン力学は、全く異なる理論体系となっています。そのため、ニュートン力学と量子力学の関係を理解することは、ミクロな世界と我々の世界(マクロな世界)を結びつける上で、とても重要になります。本研究ではポテンシャルに閉じ込められた粒子のエネルギーと位置の関係に注目して、量子力学とニュートン力学の関係を調べました。

 まずニュートン力学における、エネルギーと位置の関係を紹介します。本研究ではポテンシャル中の粒子の運動を研究したのですが、簡単のため容器の中を転がるボールの運動に注目して説明します。図2のように、なめらかな容器の上にボールをそっとおくと、ボールは容器の内側を転がり、往復運動を続けます。(ボールと容器の間の摩擦などは無視することにします。)このときボールは、はじめにボールを置いた位置よりも高い位置に来ることはありません。また、ボールをより高い位置にそっと置いた場合は、往復運動の範囲が広まりますが、やはり、はじめにボールを置いた位置よりも高い位置に来ることはありません。このようにボールが運動できる範囲は、ボールをはじめに置いた位置によって決まります。

 ニュートン力学では、この関係をエネルギー保存則を通して理解することが出来ます。ボールを高い位置に置くことで、ボールは位置エネルギーを獲得します。そしてボールが転がる際に、位置エネルギーは運動エネルギーに変換されます。そのため、はじめに獲得した位置エネルギーが大きいほど、ボールが運動できる範囲は広がります。しかし、エネルギーが保存するため、ボールははじめに置かれた位置よりも、高い位置に来ることはありません。このようなエネルギーと物体の運動できる範囲(物体の位置の取り得る範囲)の関係は、容器の上のボールの運動に限らず、様々な場面で見ることが出来ます。

図 2 容器を転がるボールの運動(ニュートン力学)図 2 容器を転がるボールの運動(ニュートン力学)

ボールを高い位置に置くと、ボールはより広い範囲を運動します。

 では、このエネルギーと位置の取り得る範囲の関係は量子力学ではどのように理解できるでしょうか? 量子力学では、全ての現象が確率的に起こります。例えば図2で考えた、容器の中の粒子の往復運動は、量子力学では図3のように、確率分布を通して記述されます。そのため、ニュートン力学における、エネルギーと位置の関係を、そのまま量子力学に当てはめることは出来ません。そこで本研究では、エネルギーと位置の期待値に注目し、それら期待値の間に成立する関係を調べました。

図 3 量子力学における、容器内を往復運動する粒子の模式図図 3 量子力学における、容器内を往復運動する粒子の模式図

 粒子の位置は確率分布(赤線)によって、記述されます。粒子の位置は(適当な検出器で)測定するまでわかりませんが、この確率分布のピーク付近で検出される可能性が高いです。そして図2のように、容器内を往復する粒子に対応して、この確率分布のピークの位置が、時間が経つにつれて容器内を行ったり来たりと変化します。(粒子の確率分布はあたかも波のように容器内を運動します。)また粒子のもつエネルギーに関しても、エネルギーを(適当な検出器で)測定するまでわかりません。しかし、エネルギーの確率分布や期待値などは、量子力学で予測することが可能です。

【研究の成果】
 本研究では、量子力学における粒子のエネルギーの期待値と、粒子の位置の期待値の取り得る範囲の関係の導出方法を確立しました。例えば図3で考えた容器の中の粒子の位置の期待値の取り得る範囲を調べると、図4のようにニュートン力学の予言する位置の取り得る範囲よりも狭いことがわかりました。(量子力学における粒子のエネルギーの期待値を、ニュートン力学におけるエネルギーと一致させて比較しています。)この範囲はニュートン力学と同様に、エネルギーの期待値を増加させると、広がります。また、エネルギーの期待値が十分大きい場合、量子力学における位置の期待値の取り得る範囲は、ニュートン力学における位置の取り得る範囲と、近似的に等しくなることを示しました。エネルギーが高くなると位置の期待値の取り得る範囲が広がるので、この結果はマクロな世界では、量子力学の結果がニュートン力学と一致することを意味します。これにより、(マクロな世界で成立する)ニュートン力学におけるエネルギーと位置の関係を、量子論のレベルから説明することに成功しました。

 本研究では、位置の期待値の範囲を導出する際に、不確定性関係という、量子力学において恒等的に成立する関係式を用いました。そのため、本研究で導いた結果も、恒等的に成立する非常に強力な結果です。また本研究の解析方法は、粒子の位置以外の物理量(例えば粒子の速度)に関しても応用が可能で、それらの物理量の期待値の取り得る範囲も求めることができます。

図 4 量子力学が予言する、容器内に置かれた粒子の位置の期待値の取り得る範囲とニュートン力学の比較(模式図)図 4 量子力学が予言する、容器内に置かれた粒子の位置の期待値の取り得る範囲とニュートン力学の比較(模式図)

量子力学における粒子のエネルギーの期待値は、ニュートン力学で考える粒子のもつエネルギーと等しいとします。すると量子力学における位置の期待値の取り得る値の範囲は、ニュートン力学における粒子の位置の取り得る値の範囲よりも必ず狭くなることが判明しました。

 なお、今回の研究では「靴紐法」と呼ばれる計算手法を応用しました。靴紐法は、2020年にHanらの研究グループによって、量子系のエネルギー準位を導出する計算手法として提唱されたものです。 今回の研究では、この「靴紐法」が不確定性関係の一種であることを指摘しました。これにより、量子系のエネルギー準位が、不確定性関係から導出できることが明らかになりました。これまでエネルギー準位を導出するためには、シュレディンガー方程式と呼ばれる微分方程式を解析する必要があると考えられていました。しかし、不確定性関係からもエネルギー準位を導出できることが解明されたのは、これまでの量子力学の概念を覆すものです。

【今後の展望と波及効果】
 今回の研究成果(「エネルギーと位置の期待値の関係の導出」と「不確定性関係とエネルギー準位の関係」)は、いずれも量子力学の基礎的な性質を明らかにするものです。今後はこの結果を用いた理論的応用や、実験的検証などが期待されます。

【論文情報】
掲載誌名: Progress of Theoretical and Experimental Physics, Volume 2023, Issue 2, February 2023, 023A01

論文タイトル: Universal bounds on quantum mechanics through energy conservation and the bootstrap method

著者:森田 健

DOI: https://doi.org/10.1093/ptep/ptad001
 

【研究助成】
 本研究は、科学研究費補助金(20K03946)の支援を受けて実施されました。

【用語説明】
ニュートン力学:ボールを投げたときの、ボールの運動など、身の回りの物理現象を記述する理論体系。

ポテンシャル:電場や磁場などで作る、粒子を閉じ込めるエネルギーの容器(もしくはエネルギーの壁)。ニュートン力学では、粒子のもつエネルギーより、ポテンシャルのエネルギーが高ければ、その領域に粒子が侵入することは出来ない。

量子力学:原子や分子など、ミクロな世界における物理現象を記述する理論体系。ニュートン力学は量子力学の、ある種の近似として得られると考えられている。

不確定性関係:量子力学では、粒子の位置と速度を同時に精密に決定することが出来ず、測定精度に限界が存在するという法則。量子力学の基本法則の1つで、恒等的に成立する。

エネルギー準位:原子において、電子は離散的な値(飛び飛びの値)のエネルギーしか取ることが出来ないことが知られている。この飛び飛びの値のことをエネルギー準位と呼ぶ。

シュレディンガー方程式:量子力学における基本量である波動関数に対する微分方程式。エネルギー準位を含めた様々な物理量は、通常シュレディンガー方程式を解くことによって得られる。靴紐法(Bootstrap method): 2020年にHanらの研究グループによって提唱された、新しいエネルギー準位の導出方法。シュレディンガー方程式を解かなくてもエネルギー準位が得られることを示した。

 

 

 

 

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