2050年カーボンニュートラルに向けた中間目標として、家庭部門は2030年までにCO₂排出量66%削減に向けて早急な対応が求められています。新築戸建住宅への環境性能対応に関する議論や国からの補助制度が進む一方、新築より省エネ性能が劣る物件が大半を占める既存戸建住宅に関しての省エネ化推進・脱炭素化に向けた有効な議論は進んでいないのが実状でした。
今般、昨年度の研究発表に引き続き、既存戸建住宅の改修による長寿命化効果の検証結果と、建物ライフサイクルアセスメント手法※1を用いた、改修によるZEH化、ライフサイクル脱炭素化の検証結果がまとまりましたので、ご報告します。
※1:建物ライフサイクルアセスメント手法:建物の施工・居住・廃棄までの各段階における環境負荷を総合して生涯環境負荷を評価する手法
【研究成果の要点】
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住宅改修による資源循環性・脱炭素効果を計測する定量的な評価ツールのプロトタイプが完成
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住宅改修によって断熱性能・設備性能を高めるとともに、太陽光発電設備を設置することで、特別な施工を行わずとも、改修ZEH化やライフサイクル脱炭素化が実現可能であることを証明
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新築建替よりも省資源・省CO₂である住宅改修は、ライフサイクル脱炭素を新築よりも早く達成可能であることを証明
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1996年から27年間で16万棟を施工してきた「新築そっくりさん」の過去施工物件をトレースすることで改修された住宅の長寿命化効果を確認
【共同研究の開始経緯・目的】
2050年カーボンニュートラルに向けた、家庭部門における脱炭素実現のため、新築住宅のみならず、省エネ性能が劣る物件が大半を占める既存住宅に対しても有効なアプローチが求められていますが、既存住宅の改修による脱炭素貢献を定量化した研究事例は少なく、科学的な手法に基づく、既存住宅の改修に関する環境評価枠組みの構築が、政策・制度立案の観点から強く要請されていました。※2
そこで、武蔵野大学・東京大学大学院と部分リフォームからまるごとリフォーム(全面改修)まで幅広い施工実績を有する住友不動産が2021年12月より共同研究を開始しました。
本研究では、産学連携の下、社会課題である「既存戸建住宅の脱炭素」を推進する制度の基礎ともなる、改修における環境寄与貢献の評価手法を編み出し、評価枠組みを構築することを目指しています。
※2:行政の既存住宅の脱炭素化に向けた対応(一部事例)
・ 経済産業省、国土交通省、環境省の3省合同で実施され、建築物における国の脱炭素方針を定めた「脱炭素社会に向けた住宅・建築物における省エネ対策等のあり方・進め方」において、「改修前後の合理的・効率的な省エネ性能の把握方法や評価技術の開発を進める必要性」を明記
・ こどもエコすまい支援事業や先進的窓リノベ事業において、設備更新・断熱等の部分的省エネ性能向上に対して補助を実施
・ 国土交通省 住宅生産技術イノベーション促進事業で、「既存戸建住宅のCO₂評価システム(改修版)の構築」を補助事業認定
既存住宅改修は、資源循環を促進するため、脱炭素貢献ポテンシャル有
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しかし、改修脱炭素効果を評価した研究が少なく、貢献定量化の枠組がない
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資源循環性・脱炭素効果の定量的な評価手法を確立することが急務
【3つのフェーズで課題を検証】
第1フェーズ |
既存戸建住宅の改修によるCO₂削減効果の検証 |
第2フェーズ |
既存戸建住宅の改修による長寿命化効果の検証 |
第3フェーズ |
既存戸建住宅の改修によるZEH化・ライフサイクル脱炭素化の検証 |
第1フェーズ(2022年6月発表)
既存戸建住宅の施工時資源投入量・廃棄物排出量に係るCO₂排出量を、「建替」と「改修」で比較
➡新築建替対比、改修の排出量は47%削減される
第2・3フェーズ(2023年6月発表)
・既存戸建住宅の「改修による長寿命化」を検証
・改修によるZEH化・ライフサイクル脱炭素化を検証
➡全面改修(省エネ性能向上)は新築建替よりも早く、約35年でライフサイクル脱炭素を達成することが可能
※住友不動産が施工した物件において計測
(参考:過去リリース) 東京大学・武蔵野大学・住友不動産「新築そっくりさん」 建物改修による脱炭素効果の研究成果公表(2022年6月16日):https://www.sumitomo-rd.co.jp/uploads/20220616_release_tatemonokaisyuniyorudatutansokoukanokenkyu.pdf
【改修によるライフサイクル脱炭素化】
<比較対象>
A.全面改修(省エネ性能維持)
既存住宅を基礎躯体状態まで解体、以下の物件に改修する
・既存同等の断熱・設備性能
・太陽光パネル約7.5kW積載
B.全面改修(省エネ性能向上)
既存住宅を基礎躯体状態まで解体、以下の物件に改修する
・断熱等級4、ZEH相当の設備性能
・太陽光パネル約7.5kW積載
C.新築建替
既存住宅を更地状態まで解体し、以下の物件を建設する
・ZEH相当の断熱、設備性能
・太陽光パネル約7.5kW積載
◆ライフサイクル脱炭素の構成要素
(1)施工時CO₂排出量(改修施工+解体施工) … ①
(2)居住時CO₂排出量(居住時) … ②、③
(3)ライフサイクルCO₂排出量(改修施工+居住+解体施工) … ④
(4)ライフサイクル脱炭素化(改修施工+解体施工+居住時-発電効果) … ⑤
①施工時CO₂排出量(2021年度研究成果より)
改修・解体施工に伴うCO₂排出量は、資源投入量と廃棄物量に応じて変動します。そのため、「新築建替」よりも「全面改修(省エネ性能向上)」の方がCO₂排出量が少なく、断熱性能向上や設備性能向上などの新築並みの省エネ性能向上を加えても、47%CO₂排出量を削減できるとわかりました。
②居住時CO₂排出量
住時に発生するCO₂排出量は、断熱化・設備性能向上により大きく削減することが可能です。「全面改修(性能維持)」と比較して、「全面改修(性能向上)」は、CO₂排出量を約34%削減でき、お住まいの間長期にわたり、居住時CO₂排出量に影響を及ぼします。
③改修による建物の長寿命化
改修により老朽化が進んだ部材が交換されることで、耐震性能等建物性能が向上し、物件は長寿命化されます。改修住宅のライフサイクルCO₂を考える上では、長寿命化効果の状況が、改修評価期間に影響を及ぼします。
今回研究の結果、施工から20年超が経過した物件の過半が現時点も残存していると確認されました。東京都内のサンプルであるため、非残存物件の多くが、マンション開発など都市開発過程で取壊しを受けており、老朽化による取壊しは限られると推定されます。
④ライフサイクルCO₂排出量
① と②の排出量を合算し、③の前提のもとで、住宅のライフサイクルCO₂排出量を比較すると、リフォーム完了から10年目までは施工時CO₂排出量が少ない「全面改修(省エネ性能維持)」が最も優位となります。対して、10年目以降は、施工時排出量を「新築建替」より抑え、かつ新築並みの断熱性能を有する「全面改修(省エネ性能向上)」が最も優位な結果となります。
⑤ライフサイクル脱炭素化の実現
④に太陽光による発電効果を追加すると、省エネ性能が高い物件では、居住時エネルギー量よりも創エネルギー量が大きくなり、年間CO₂排出量はマイナスに。
結果、断熱・省エネ性能に劣る全面改修(省エネ性能維持)は、CO₂排出量が長期にわたって増加していくのに対し、「新築建替」・「全面改修(省エネ性能向上)」はCO₂排出量が低減していきます。
すべて統合すると、「全面改修(省エネ性能向上)」が3つの内、最も早くライフサイクル脱炭素を達成可能と確認できました。
【共同研究者】
武蔵野大学 工学部サステナビリティ学科 講師 磯部 孝行
2015年東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程修了。2016年より武蔵野大学工学部環境システム学科に着任。2023年より武蔵野大学工学部サステナビリティ学科に着任。建材のリサイクルと建物のライフサイクル(建設、運用、廃棄)に係る環境を捉え、環境評価システムなどを中心に研究に従事している。日本建築学会の地球環境委員会内、LCA小委員会において、2023年3月まで主査として活動。現在は同委員会の幹事として活動している。
国立大学法人東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授 清家 剛
1987年東京大学工学部建築学科卒業、建築学科助手を経て1999年より新領域創成科学研究科。建築生産と環境について考える立場から、改修・解体技術やリサイクル技術、環境評価システムなどについて研究している。CASBEE-戸建の開発責任者で、健康チェックリスト、レジリエンス住宅チェックリストなども中心となって作成した。著書に「サステイナブルハウジング」(監修・共著)、「ファサードをつくる」(共著)、「住環境再考―スマートから健康まで」(共著)など。
住友不動産株式会社
住友不動産では、「よりよい社会資産を創造し、それを後世に残していく」を基本使命として掲げ、事業を通じた社会課題の解決に取り組んでおります。今後も、「環境・社会に配慮した性能」を兼ね備えた価値の高い社会資産を創造し、より一層、持続可能な社会の実現に貢献してまいります。
◆当社のESG 、SDGs に関する取り組み
※本リリースに関する取り組みは、以下のSDGs目標に貢献しています。
目標3: すべての人に健康と福祉を
目標7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに
目標9: 産業と技術革新の基盤をつくろう
目標11: 住み続けられるまちづくりを
目標12: つくる責任つかう責任
目標13: 気候変動に具体的な対策を
目標15: 陸の豊かさも守ろう
<本件に関するお客様からのお問合せ先>
住友不動産株式会社 広報室 TEL:03-3346-1042
東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL:04-7136-5450
武蔵野大学 経営企画部 広報課 TEL:03-5530-7403
【武蔵野大学について】
1924年に仏教精神を根幹にした人格教育を理想に掲げ、武蔵野女子学院を設立。武蔵野女子大学を前身とし、2003年に武蔵野大学に名称変更。2004年の男女共学化以降、大学改革を推進し12学部20学科、13大学院研究科、通信教育部など学生数13,000人超の総合大学に発展。2019年に国内私立大学初のデータサイエンス学部を開設。2021年に国内初のアントレプレナーシップ学部を開設し、「AI活用」「SDGs」を必修科目とした全学共通基礎課程「武蔵野INITIAL」をスタートさせる。2023年には国内初のサステナビリティ学科を開設する。2024年の創立100周年とその先の2050年の未来に向けてクリエイティブな人材を育成するため、大学改革を進めている。
武蔵野大学HP:https://www.musashino-u.ac.jp/