『甲賀売薬』は、「おきぐすり」の名称で家庭薬として広く愛用され、近代医療が普及するまでの間、地域の保健衛生を支え続けてきたものです。
『なれずし』は、ニゴロブナで作る「鮒ずし」がよく知られていますが、琵琶湖及びその周辺の河川で獲れる様々な淡水魚を使い乳酸発酵させた保存食です。琵琶湖を代表する「ホンモロコ」は今、漁の最盛期になっています。
三日月知事ほかのコメント、文化財の概要は次の通りです。
■三日月大造 滋賀県知事のコメント
このたび本県の「甲賀売薬の製造・販売用具」が国登録有形民俗文化財に、また、ソウルフードといえます「近江のなれずし製造技術」が国の登録無形民俗文化財に登録することが答申されましたことは、滋賀県民にとりまして大きな喜びです。
「甲賀売薬の製造・販売用具」は、近江売薬の一つであり、特に「甲賀売薬」は配置売薬として有名で、近代以降、甲賀地域の主要な産業として地域の発展に貢献してきました。
また、本県の「なれずし」は、フナやコイ、モロコ、アユなど多様な湖魚を使って漬け込みを行い、これを食するという滋賀らしい食文化です。この「なれずし」文化には、地域的な特色や家庭の嗜好などもあり、多様な文化がひろがっています。
こうした産業や食文化を地道に継承してきたことが、今回の登録に結び付いたものであり、関係者の皆様に心から敬意を表します。
今回の文化財登録を機に、農業・漁業関係者、食品加工業関係者、薬業関係者や消費者なども含めた多くの県民の皆様の誇りとなり、未来への継承気運が高まるものと考えており、地域の活力向上や観光の振興などの各方面に一層貢献していくものと期待しております。
今後とも皆様と力を合わせ、この貴重な文化財が末永く受け継がれていきますよう取り組んでまいりたいと考えております。
■桑村邦彦 滋賀の食事文化研究会会長のコメント https://shigasyokubunken.com/
滋賀の食事文化研究会は滋賀の地域の暮らしの中で受け継がれてきた伝統食や地域の食材を調査研究し、それを次世代につなげていくための活動をしてきました。そうした中、滋賀の地に伝わる「ふなずし」をはじめとする琵琶湖の魚を使った「近江のなれずし製造技術」が国において登録無形民俗文化財に登録されたことを、当研究会としてたいへんうれしく思います。
滋賀県の真ん中には日本一の淡水湖である琵琶湖があり、周辺を取り巻くように広がる田畑や山々から、人々は米や野菜、芋、豆そして湖魚と呼ばれる琵琶湖の魚介類など多様な食材を得ることができ、エビ豆、アメノイオご飯、うなぎのじゅんじゅんといった湖と陸の食材の組み合わせや、なれずしやお漬物など発酵の技を取り入れた滋賀県独特の伝統食文化が受け継がれてきました。
中でも米と淡水魚を発酵させて保存性を高め、よりおいしく食べる「なれずし」は、東南アジアから稲作とともに日本に伝わったと言われています。それが日本の中でも滋賀県で広く定着したのは、豊富に獲れる湖魚と米、豊かな水、四季折々の気候条件、そして人々の暮らしの中で技術と知恵が受け継がれてきたからです。
「なれずし」が作られる過程には、乳酸菌や酵母菌をはじめ様々な微生物のはたらき、塩の脱水効果、酸素の遮断による酸化防止、栄養吸収、風味の向上など、食材の保存・加工技術の合理性が科学的に解明されるはるか昔から、人々の経験によりその手法が見いだされ、受け継がれてきたことに大きな驚きを感じます。
今回登録の「なれずし製造技術」は文字どおり物として存在しない無形のもので、これからも私たちが普段の生活の中でその技術を受け継ぎ、作り、食べ続けていくことでのみ存続しうるものです。近年は食の多様化、効率化が優先され、地味で手間がかかり、味にひと癖のある伝統食は敬遠されがちです。一方、各地で開催されるふなずし教室はどこも盛況で滋賀県伝統の発酵食への関心の高まりも感じられます。この度の登録がより多くの人に「なれずし」に関心を持っていただくきっかけとなり、滋賀県の誇れる宝物として世代を超えて受け継がれていくことを願っています。
■【登録有形民俗文化財】甲賀売薬(こうかばいやく)の製造・販売用具
・所有者:滋賀県甲賀市(甲賀市くすり学習館保管) http://www.kusuri-gakushukan.com/
・員数:2,488点
<登録の趣旨>
我が国における配置売薬は、近世中期以降、越中富山をはじめ、大和や近江、肥前田代などの地域で発達し、「おきぐすり」の名称で家庭薬として広く愛用され、近代医療が普及するまでの間、地域の保健衛生を支え続けてきた。
本件は、こうした売薬業の成立や地域的な展開をよく示す資料群であり、甲賀における製薬の実態に加え、山伏(やまぶし)の配札(はいさつ)に由来する売薬商人の活動の実態をうかがうことができる。当地の産業を理解する上で、また、我が国における薬業の変遷や交易を考える上で注目される。
<文化財の説明>
本件は、近江売薬の一つで、配置売薬として知られる「甲賀売薬」の製造と販売に使用された用具の収集である。当地の売薬業は、甲賀の山伏が各地での布教の際に、土産物として薬を携行したことに始まるとされ、近代以降、甲賀地域の主要な産業として発展した。本収集は、薬種の選別や調合、製丸などの薬製造の各工程で使用された用具と、行商時に用いた鞄類や携行品などの配置売薬用具のほか、得意先で配布した商品の広告類などから構成される。
■【登録無形民俗文化財】近江のなれずし製造技術
<登録の趣旨>
魚を発酵させて作る「なれずし」は、近世に酢飯を用いた早ずしが普及する以前からある古い形態である。本件は、その代表的な伝承例であり、歴史も古く、現在も滋賀県一円で広く製造され続けている。琵琶湖と周辺の河川で豊富に獲れる魚を利用し、長期の保存に適するように加工するその製造技術には、地域的特色が顕著であり、我が国におけるすしの調製技術や発酵食品の製造技術の変遷を考える上で注目される。
<文化財の説明>
本件は、琵琶湖及びその周辺の河川で獲れる淡水魚を使い、乳酸発酵させた「なれずし」の製造技術である。ニゴロブナで作る鮒ずしがよく知られているが、フナだけでなく、ハスやモロコ、アユ、ドジョウなど多様な魚を材料として作られる。酸味の強い独特の風味を持ち、主に正月や祭りなどの行事の際に食される。
その製法は、フナの場合、ウロコや内臓を取り除いた魚を塩と米飯で一定の期間漬け込み、発酵を進ませて作る。ハスやモロコなどの小型の魚の場合は、漬け込む日数は短期間で、またコイやマスなどの大型の魚の場合は、大きい骨を取り除くなどしてから漬け込むなど、魚種や魚体の大小に応じた作り方が伝承されている。