ヒトiPS細胞由来神経細胞に老化を誘導する新技術を開発

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順天堂大学大学院医学研究科ゲノム・再生医療センター 赤松和土 教授/センター長、石川景一 准教授ら、および慶應義塾大学、東京大学、昭和医科大学らの共同研究グループは、ATMキナーゼ(*1)阻害剤KU60019(*2)により、ヒトiPS細胞(*3)由来神経細胞に老化細胞の特徴を誘導する技術を開発しました。ヒトiPS細胞(*4)由来神経細胞は神経疾患の研究に有用ですが、パーキンソン病やアルツハイマー病など高齢で発症する疾患では、老化情報がリセットされた状態であるiPS細胞を用いると、老化による病態を再現しにくいことが課題でした。本研究では、KU60019がアルツハイマー病およびパーキンソン病iPS細胞モデルで老化様の状態を再現し、疾患関連表現型の検出までの期間を大幅に短縮しました。さらに、若年者から採取した皮膚線維芽細胞(*5)に対しても老化様変化を誘導するため、細胞老化(*6)研究への応用も期待されます。

本論文はStem Cell Report誌のオンライン版に2026年6月11日付で公開されました。

本研究成果のポイント

●  ATMキナーゼ阻害剤KU60019により、ヒトiPS細胞由来神経細胞で細胞老化様状態を誘導

●  KU60019処理により、神経変性疾患iPS細胞モデルの病態再現までの期間を短縮

●  KU60019は皮膚の線維芽細胞などの培養細胞でも老化様変化を誘導し、細胞老化研究への応用可能性を提示

背景  

アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の多くは、加齢とともに発症リスクが高まります。ヒトiPS細胞由来神経細胞は、患者の遺伝的背景を反映した疾患モデルとして有用ですが、iPS細胞の作製過程で細胞の老化情報がリセットされるため、加齢に伴う病態を十分に再現することが困難でした。長期培養によって神経細胞の成熟は進みますが、生体内の老化変化を十分に再現できるとは限らず、iPS細胞を用いた加齢関連疾患モデルの課題となっていました。そこで本研究では、化合物処理によりiPS細胞由来神経細胞に細胞老化様状態を誘導する手法を開発しました。

内容  

本研究グループは、ヒトiPS細胞由来神経細胞の成熟および老化関連変化を促進する化合物を探索するため、化合物のスクリーニングを行いました。その結果、ATMキナーゼ阻害剤であるKU60019を同定しました。KU60019をヒトiPS細胞由来ドパミン神経細胞に処理したところ、ドパミン神経細胞への分化効率には大きな影響を与えずに、神経突起の伸長や電気的活動が促進されました。

さらに、KU60019処理細胞では、細胞老化の指標であるSA-βGal(*7)陽性細胞の増加に加え、DNA損傷応答の変化、核膜構造異常、オートファジー異常、NAD/NADH比の低下など、細胞老化に関連する複数の特徴が認められました。この作用は若年者由来皮膚線維芽細胞やSH-SY5Y細胞(*8)でも認められ、KU60019処理後の若年者由来皮膚線維芽細胞の遺伝子発現パターンが、老年者由来皮膚線維芽細胞に近づくことが示されました。

また、KU60019誘導性の老化様細胞は、HSP90(*9)阻害剤やBCL-2ファミリー(*10)阻害剤により減少し、既知の老化細胞と同様に特定の細胞生存経路に依存して維持されている可能性が示されました。

さらに、KU60019をアルツハイマー病およびパーキンソン病のiPS細胞由来神経細胞モデルに応用しました。アルツハイマー病モデルでは、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の一つであるPSEN1に変異を有する神経細胞において、アルツハイマー病に関連するAβ42(*11)やリン酸化タウ(*12)の増加、細胞生存率の低下がより早期に観察されました。パーキンソン病モデルでは、疾患由来ドパミン神経細胞において、細胞死に関連する疾患表現型がより明確に認められ、生存している細胞の割合が低下しました。

以上の結果から、KU60019処理は、iPS細胞由来神経細胞を老化様状態に誘導し、加齢関連神経変性疾患の疾患関連表現型を効率的に検出するための有用な方法であることが示されました。

今後の展開

本研究で示されたKU60019処理は、複雑な遺伝子操作を必要とせず、化合物処理によりiPS細胞由来神経細胞に細胞老化様状態を誘導できる簡便な方法です。そのため、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする加齢関連神経変性疾患の病態解析や、治療薬候補の探索を効率化する技術基盤となることが期待されます。また、本研究では若年者由来線維芽細胞においても、KU60019処理により老年者由来細胞に類似した老化関連変化が認められました。今後、グリア細胞や他の疾患関連細胞種でも同様の作用が認められるかを検証することで、神経変性疾患研究にとどまらず、細胞老化研究全般への応用が広がる可能性があります。

図1:KU60019によるiPS細胞由来神経細胞への老化様状態の導入と神経変性疾患モデルへの応用

患者細胞からiPS細胞を作製する過程では老化情報がリセットされるため、iPS細胞由来神経細胞では加齢に伴う病態の再現が難しい場合があります。本研究では、ATMキナーゼ阻害剤KU60019を処理することで、iPS細胞由来神経細胞に神経成熟関連変化と細胞老化様変化を誘導し、アルツハイマー病やパーキンソン病などの加齢性神経変性疾患モデルにおける病態再現を促進できる可能性を示しました。

用語解説

*1 ATMキナーゼ: DNA損傷応答を制御する重要なタンパク質リン酸化酵素。DNA二本鎖切断などに応答し、DNA修復、細胞周期制御、細胞老化などに関与する。

*2 KU60019: ATMキナーゼを阻害する低分子化合物。本研究では、ヒトiPS細胞由来神経細胞に細胞老化様状態を誘導し、神経変性疾患モデルの病態再現を促進する化合物として同定された。

*3 ヒトiPS細胞由来神経細胞: ヒトiPS細胞から分化誘導して作製した神経細胞。患者由来iPS細胞を用いることで、患者の遺伝的背景を反映した神経疾患モデルを作製できる。

*4 iPS細胞: 皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入して作製される多能性幹細胞。さまざまな細胞に分化できるため、疾患モデル、創薬研究、再生医療などに利用されている。

*5 皮膚線維芽細胞: 皮膚から採取して培養できる細胞で、ヒト細胞を用いた基礎研究で広く用いられる代表的な培養細胞の一つ。比較的培養しやすく、ドナーの年齢や細胞老化に関連する変化を調べる研究にも用いられる。

*6 細胞老化: 細胞が増殖を停止し、DNA損傷応答、代謝変化、炎症性因子の分泌、タンパク質分解異常などを伴う状態。加齢や加齢関連疾患との関係が注目されている。

*7 SA-βGal: 細胞老化の指標として広く用いられる酵素活性。SA-βGal陽性細胞の増加は、細胞老化様状態を示す代表的な所見の一つである。

*8 HSP90: 多くのタンパク質の安定化や機能維持に関与する分子シャペロン。細胞のストレス応答や生存シグナルの維持にも関わる。

*9 SH-SY5Y細胞: ヒト神経芽細胞腫に由来する培養細胞株で、神経細胞に似た性質を示すことから、神経科学研究で広く用いられる代表的なモデル細胞の一つ。

*10 BCL-2ファミリー: 細胞死、特にアポトーシスを調節するタンパク質群。細胞を死ににくくする分子と、細胞死を促す分子が含まれ、細胞の生存と死のバランスを制御している。

*11 Aβ42: アミロイドβの一種。アルツハイマー病では脳内に蓄積しやすく、病態形成に関与すると考えられている。

*12 リン酸化タウ: 神経細胞の構造維持に関わるタウタンパク質がリン酸化されたもの。アルツハイマー病では過剰にリン酸化されたタウが神経細胞内に蓄積し、神経障害に関与すると考えられている。

原著論文 

本研究はStem Cell Report誌のオンライン版に2026年6月11日付で公開されました。

タイトル: Suppression of ATM kinase signaling accelerates cellular senescence

タイトル(日本語訳): ATMキナーゼシグナルの抑制は細胞老化を促進する

著者:Kei-ichi Ishikawa, Takahiro Shiga, Takumi Hirose, Naoko Kuzumaki, Sakura Miyoshi, Akihiro Yamaguchi, Hidetaka Tamune, Avijite Kumer Sarkar, Kento Nakai, Kazuyoshi Baba, Shigeo Okabe, Nobutaka Hattori, Hideyuki Okano, Wado Akamatsu

著者(日本語表記):石川 景一1,2)、志賀 孝宏1)、廣瀬 匠1)、葛巻 直子3)、三好 さくら3)、山口 昂大1,2)、田宗 秀隆4)、Avijite Kumer Sarkar5)、中井 健人5)、馬場 一美5)、岡部 繁男4)、服部 信孝2,6)、岡野 栄之3)、赤松 和土1)

著者所属:1) 順天堂大学大学院医学研究科 ゲノム・再生医療センター、2) 順天堂大学医学部神経学講座、3) 慶應義塾大学医学部 生理学教室、4) 東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学分野(研究当時) 現 理化学研究所、5) 昭和医科大学歯学部 歯科補綴学講座、6) 理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経変性疾患連携研究チーム

DOI: 10.1016/j.stemcr.2026.102956   

本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1411007)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「疾患iPS 細胞を用いた遺伝性・孤発性パーキンソン病の新規治療薬探索」、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム事業「孤発性パーキンソン病iPS細胞ライブラリーを活用した治療薬探索」、AMED創薬基盤推進研究事業 GAPFREE「パーキンソン病における疾患修飾薬候補の同定とprecision medicineの実現に向けたアカデミアと企業の技術融合による新たな創薬エコシステムの開発」および「iPS 細胞の老化制御とミクログリア誘導技術による脳内環境再現を用いたアルツハイマー病創薬基盤の構築」、AMED-CREST 革新的先端研究開発支援事業(JP22gm1310003)「神経発達障害の病態解明を目指した革新的イメージングプラットフォーム」、JSPS科学研究費助成事業(JP20ek0109429、19K16930、17H05706)、ならびに私立学校振興・共済事業団 私立大学等経常費補助金特別補助の支援を受けて実施されました。

また、本研究にご協力いただいた皆様に深く感謝申し上げます。

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