*詳細は調査レポート(https://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000001091/)を参照ください。
2022年2月に当社で実施した人事責任者を対象とした企業調査*によると、個人選択型HRM(仕事、働き方、キャリアに関する従業員による主体的な選択の機会を増やすような施策群)の導入・ 検討が進んでいることが分かりました。一方で、制度を導入しても十分に活用されない、従業員が自ら選択することが難しいという声も聞かれます。
そこで、働く個人の視点から、個人選択型HRMの実態を見ていこうと考えました。組織の一員として働く上では、すべてを自分の希望どおりに選べる状態というのは現実的ではないことから、自社での仕事、働き方、キャリアの選択機会に関する認知を「個人選択感」として捉え、個人選択型HRMの導入状況、組織の特徴や個人の意識との関係について明らかにすることを目的に、調査を実施しました。
* リクルートマネジメントソリューションズ(2022)「個人選択型 HRM に関する実態調査」
2.調査の結果
●自社での仕事、働き方、キャリアの「個人選択感」に肯定的な回答は5~6割程度(図表1)
・「個人選択感」を選択感、希望尊重、将来展望の3つの観点から、それぞれ仕事、働き方、キャリアについて計9 項目で測定したところ、おおむね5~6割が肯定的な回答だった。
・「5.働き方に関して、自分の希望が尊重されている」「2.いまの働き方を自分で選んでいると感じる」が相対的に高い選択率だった(61.6%、61.2%)。
・一方、「6.キャリア形成に関して、自分の希望が尊重されている」「9.今後、社内で自分に合ったキャリアを形成していける」が相対的に低い選択率だった(54.1%、52.3%)。
*()内の数字は、「とてもあてはまる/とてもそう思う」「あてはまる/そう思う」「あてはまる/ややそう思う」の合計。
⇒働き方については、近年の働き方改革やコロナ禍で浸透したテレワークなどにより、会社の制度が整ってきていることの表れかもしれない。一方、キャリアについては、さまざまな環境要因による不確実性も高いため、不満や不安を感じているようだ。
図表1 「個人選択感」の測定項目
以降、上記9項目を平均した尺度を「個人選択感」として用いて、分析を行った。
(平均値3.6、標準偏差1.0、信頼性係数α=0.94)
●個人選択型HRM(人的資源管理)施策の導入が個人選択感を高める結果に(図表2)
・すべての施策において、「導入あり」の方が「導入なし」に比べて、個人選択感が統計的に有意に高い。
⇒個人選択型HRMの導入が個人選択感を高めている。
・導入率が高く、導入の有無による個人選択感の得点差が大きかったのは、「5.フレックスタイムなど、働く時間を柔軟に選べる制度」「6.テレワークなど、働く場所を柔軟に選べる制度」であり、選択率は4割を超えた。
・同じく、導入率が高く、個人選択感の得点差が大きかったのは、「11.面談などで上司にキャリアについて相談できる制度」「12.希望する研修や講習を受講できる制度」であった。
⇒上司のキャリア支援や能力開発支援の有無が、個人選択感に影響しているケースが多いようだ。
・導入有無による個人選択感の得点差が大きいが、導入率は1割に満たない項目は「9.人事や社外の専門家にキャリアについて相談できる制度」「10.管理職・専門職を行き来できる等級制度」であった。
⇒導入難度が高い、あるいは必要性があまり認識されていない施策なのかもしれないが、個人選択感に及ぼす影響が大きい可能性が示唆された。
図表2 個人選択型 HRMの導入状況が個人選択感に及ぼす影響
●仮に実現しなくても異動希望を伝える機会がある場合、個人選択感は高まる(図表3)
・項目1~7の異動経験については、7項目すべて、2群間で統計的に有意な差が確認された。
・選択率は低いながら、「1.社内公募・社内FA制度などで、自分で手を挙げての異動が実現した」の個人選択感が最も高かった。
・自らの希望がかなって異動が実現した場合だけでなく、「2.人事や上司が自分に合った異動を提案してくれて、自分にとって良い異動が実現できた」「3.未経験の仕事への異動だったが、自分の成長機会となった」経験をした場合の個人選択感も高いことが確認できた。
・ネガティブな異動経験では、「5.意図の分からない異動を命じられた」が、最も個人選択感を低めていた。
・項目8~10は希望がかなわず異動が実現しなかった経験であるが、「8.異動したいと思ったが、異動希望を出すことができなかった」という希望を伝えることができなかった経験のみ統計的な有意差があり、個人選択感を低めていた。
⇒2022年2月に当社が実施した企業調査では、社内公募制度の活用が進むと応募数が増加することにより不採用になるケースも増え、人事責任者からは不採用者のモチベーションへの影響を懸念する声があがっていたが、個人の回答からは、希望を伝える機会があれば、結果として異動できなかったとしても必ずしもネガティブには作用しない可能性が示唆された。
図表3 異動経験が個人選択感に及ぼす影響
●個人選択感を低めているのは「個人の事情が考慮されない制度運用」「能力開発・キャリア形成に対する上司の支援不足」「自己理解、学びに関する本人の課題」など(図表4)
・選択の有無による個人選択感の得点差が大きく、個人選択感を低めていたのは、制度運用では、「1.社内の人事異動は会社側の要請で決まり、個人の希望は考慮されない」「2.働く時間や場所を、個人の生活上の事情に応じて柔軟に変更できない」であった。
・職場・仕事では、「6.上司が、部下の能力開発・キャリア形成に対して支援的でない」「7.社内に自分がやりたい仕事や部署がない」「8.キャリアについて相談できる人がいない」「9.経験やスキルが足りなくてもチャレンジできるような仕事機会がない」が個人選択感を低めていた。
・本人の課題としては、「11.自分がやりたいことがない/分からない」「12.何を学んでいいか分からない」などの自己理解、学びに関する課題が個人選択感を低めていた。
⇒仮に人事制度上で個人が選択できる機会を増やしたとしても、能力開発・ キャリア形成に対する上司の支援的姿勢や、本人の自己理解、経験を広げる機会や学びによるスキルの向上が伴わないと、自ら選択することは難しいだろう。
図表4 制度運用、職場・仕事、本人の課題が個人選択感に及ぼす影響
● 「学習指向の評価」「他部署・経営情報の開示」「ライフ・キャリア重視」の3つの組織特徴が個人選択感を高める(図表5)
・「1.学習指向の評価」「2.他部署・経営情報の開示」は、2022年2月に当社で行った企業調査で、個人選択型HRMの導入・活用を促進する組織特徴として確認されたものだが、個人選択感にもプラスに影響していた。
・従業員の生活の質の向上や長期的・自律的なキャリア形成を重視するという「3.ライフ・キャリア重視」についても、高群ほど個人選択感が高かった。
⇒「1.学習指向の評価」は自己理解に、「2.他部署・経営情報の開示」は仕事理解に関係している。「3.ライフ・キャリア重視」は、キャリア支援や働き方の柔軟化などの施策を下支えしている人事ポリシーである。これらは個人の選択を支援・後押しする組織特徴であるといえる。
図表5 組織の特徴が個人選択感に及ぼす影響(n=991)
●個人選択感が高いほど「組織コミットメント」が高く、個人選択感が低いと「離職意識」が高い(図表6)
・個人選択感が高いほど、組織の理念・目的への共感や会社が気に入っているという情緒的なコミットメントである「1.組織コミットメント」が高かった。
・個人選択感が低い場合には、会社を辞めたい、転職したいという「2.離職意識」が高くなっていた。
・個人選択感が高いほど自分の人生と現在の生活に対する満足度である「3.人生・生活満足」が高い結果となった。
・「4.変革実行力」「5.現場力」「6.求心力」は、当社の企業調査で個人選択型の配置ポリシーによる影響が確認された組織能力であるが、個人選択感においてもプラスの影響が見られた。
⇒個人選択感は、個人の意識、組織能力双方にプラスの影響を及ぼすことが確認された。
●個人選択感で組織と個人の関係性を考える(図表7)
・最後に、組織の特徴、個人の意識に変数を絞って、個人選択感と各変数との関係を共分散構造分析という手法を用いて確認した。変数から変数への影響を表すパス(矢印)を引いて分析を行い、統計的に有意にならなかったパスを取り除いて作成したモデルが図表7である。
・左側の個人選択型HRM施策導入数、学習指向の評価、他部署・経営情報の開示、ライフ・キャリア重視のそれぞれが個人選択感にプラスの影響を及ぼし(紫線)、個人選択感から右側の人生・生活満足、組織コミットメントにはプラスの、離職意識にはマイナスの影響を及ぼしている(オレンジ線)。
・右側の変数では、人生・生活満足が組織コミットメントを高め、その結果離職意識が低下していることが分かる(緑線)。
・相対的な影響の大きさを表す係数の値を見ると、ライフ・キャリア重視から個人選択感へ、個人選択感から人生・生活満足へのパスの値が大きい。
⇒個人選択感を高めるには、企業が従業員の生活や中長期のキャリアを重視しているかどうかが大きく影響し、それが結果的には従業員の組織コミットメントを高め、離職意識の低下にもつながることが明らかになった。
図表7 組織の特徴・個人選択感・個人の意識の関係 (共分散構造分析の結果)(n=991)
3. 調査担当研究員
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
組織行動研究所 主任研究員 藤村 直子
HRR 株式会社、株式会社リクルートにて人事アセスメントの研究・開発、新規事業企画等に従事した後、人材紹介サービス会社での経営人材キャリア開発支援等を経て、2007 年より現職。リーダーシップ、社会人学習、中高年のキャリアに関する調査・研究を行う。
4.調査担当研究員のコメント
2022年2月に実施した企業調査に続いて、本調査では、個人の視点から個人選択型HRMの実態について見てきました。自社における仕事、働き方、キャリアの選択機会に関する認知を「個人選択感」として捉え、個人選択型HRMの導入が個人選択感を高めていることが確認されました。そうした選択機会を増やす制度だけでなく、選択を支援・後押しする上司の姿勢、自己理解、学び、人事評価や情報開示など、多岐にわたる施策との関連性が明らかになりました。
また、会社が従業員の生活や中長期のキャリアを重視してくれていると感じることの影響が大きいこと、個人選択感が人生・生活満足、組織コミットメントを高め、離職意識を低下させることが検証されました。個人選択感が高まると、自由に選択して自分にとって都合の良い会社へと転職してしまうという懸念も生じるかもしれませんが、そうはならない可能性が示唆されました。
多岐にわたる施策の導入・運用の実現はたやすいことではありませんが、個人選択感という視点が、企業と個人双方にとって望ましい状態を実現するための手がかりとして、組織と個人の関係性のあり方を考える一助になれば幸いです。
5.組織行動研究所 所長 古野庸一のコメント
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
組織行動研究所 所長 古野 庸一
本調査によると、個人の選択感が高まると、離職防止、組織へのコミットメント、人生・生活満足感が高まるという結果になっており、企業は、総じて個人選択型HRM施策を増やしていくことが求められる。ただ、推進していく上で、留意点がある。
1つ目は、「選択のサポートを行う」ことである。キャリアを選択することにストレスを感じている人が少なくない。本調査では、成長のための評価フィードバックがある、他部署・ 経営情報を開示する、従業員の生活やキャリアを重視する、という組織特徴があるほど個人選択感が高く、そのようなことを意識した施策を展開していくことが、選択する際のストレスの低減につながると考えられる。
2つ目は、「組織主導の施策との併用を考慮する」ことである。異動を個人任せにすると、サクセッション(後継者育成)の難度があがる。あるいは、企業特殊能力を身につけることを避ける社員が増えると考えられる。また、希望して異動することのストレスを十分に考慮した方がいい。さらにいえば、自分が向いていることや得意なことを理解していないことも多い。それらのことを考えると、組織主導の異動・配置、育成、働き方の提示も併用することで、個人にとっても組織にとっても理想的な結果につなげることができると思われる。
3つ目は、「個人選択施策の数を増やしつつ、目的を明確にする」ことである。本調査によると、個人選択に関する施策の数が多いほど、選択感は高まることが認められた。ゆえに、従業員の選択感を高めるために、個人選択ができる制度を多く導入することが考えられる。しかしながら、安易な導入はのちにマイナスになる可能性が高い。従って、施策の目的を明確にしながら、目的にそぐわない場合には、施策の撤回もあることを示唆することが求められる。
個人が選択できると認知していることで、組織コミットメントや人生・生活満足感は向上するが、選択に伴う責任やストレスも高まる。組織側からのサポートや情報提供は必須である。必ずしもすべてのことを個人が決める必要もなく、時には、組織側が提示することも大切であり、一度与えた選択感を奪うことはマイナスになることも考慮して、個人選択型の施策を展開していく必要がある。
6.調査概要
※調査実施は株式会社マクロミルに委託
リクルートマネジメントソリューションズについて
ブランドスローガンに「個と組織を生かす」を掲げ、クライアントの経営・人事課題の解決と、事業・ 戦略推進する、リクルートグループのプロフェッショナルファームです。日本における業界のリーディングカンパニーとして、1963年の創業以来、領域の広さと知見の深さを強みに、人と組織のさまざまな 課題に向き合い続けています。
●事業領域:人材採用、人材開発、組織開発、制度構築
●ソリューション手法:アセスメント、トレーニング、コンサルティング、HRアナリティクス
また、社内に専門機関である「組織行動研究所」「測定技術研究所」を有し、理論と実践を元にした研究・開発・情報発信を行っております。
※WEBサイト:https://www.recruit-ms.co.jp