長沼史宏氏は、アステリア株式会社・執行役員コミュニケーション本部長。大手メーカーの広報・IR担当を経て、IT業界へ転身後、「テレワーク」「LGBT」など、旬の話題に絡めたPRを通じて、お茶の間にリーチする話題作りで高い実績を誇る第一人者。自らが主宰する「広報勉強会@イフラボ」では、200回以上の講義を行い、約1500人以上の広報担当者に、その極意を伝授。地方のイベントの1ヶ月の来場目標を2日で達成させた「あざとい広報術」が伝説で語り継がれる、広報界のレジェンドです。長沼氏は、四季報や日経新聞分析で人気の渡部清二塾長のもとで、四季報について学んでいたこともあります。
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「広告」は、お金、「広報」は、スキルの違い
小笹 複眼経済塾で広報を担当している小笹俊一と申します。本日は、話題の本を出版した著者2人によるトークイベント「丸の内・丸善オンライン」をお送りします。
渡部 複眼経済塾を主宰している渡部清二です。私は、野村證券で23年間、機関投資家営業部で株のプロに「四季報」のアイデアをレクチャーしてきました。本日のトークショーで、私は「株主総会」、長沼さんは「広報」を切り口に話をします。多くの方に複眼経済塾を知ってもらいたいので、皆様と一緒に勉強していきたいと考えています。よろしくお願い致します。
小笹 「株主総会」と「広報」は、一見異なるジャンルだと思われています。それが、どのように結び付くのか?に迫って参ります。この2つは、密接に結び付いているので、本日の話を通じて、「企業はどのようなメッセージを発信すればよいか」「投資家にとっては企業がどのように情報を発信するか」が見えてくると思います。リテラシーが高まるので、何かヒントを得てもらえれば幸いです。本についての概要を、長沼さんからお話下さいますか。
長沼 私は、今年の7月18日に「先読み広報術 1500人が学んだPRメソッド」<https://honto.jp/netstore/pd-book_32320632.html>を出版しました。日本は、自分の言いたいことだけを訴えるような広報をする会社が多いのが現状です。そこで、どのような話題であれば結果が出やすいかを、先回りして考える広報術を「あざとい広報術」として、6章で構成しました。本書の特徴は、巻末のQ&Aから読み始めても内容が理解しやすいので、広報から経営者まで、幅広い方に読んでもらえる事です。
渡部 そもそも「広告」と「広報」は全く別物。違いについて、詳しく教えてもらえますか?
長沼 広告は、お金を払って、言いたいことを訴えられるもので、企業側に自由度があります。一方、広報は、メディアが価値を感じるニュースを取り上げるので、相手の気持ちを先読みした話題作りが重要です。広告と広報を同じ媒体として捉えている企業もありますが、全くの別物です。これは昨日の「WBS」(テレビ東京のワールドビジネスサテライト)で取り上げられたニュース・コンテンツの全ラインアップです。太字で示しているのが企業の話題。多くのニュースが日本全国で存在するなか、6ニュースしか取り上げられていない事に注目して下さい。
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注目ニュースは、「ネガティブ・ニュース」や「社会との関連性」にあり
長沼 少しブレークダウンすると、表の右側に示しているように、様々なテーマ性が出てきます。例えば、銀行のシステム障害の話は、本日も大きく紹介されていました。「少しネガティブな話題」は、社会にとって影響があるので、取り上げられます。百貨店の取り組みの話でいうと、インバウンドやeスポーツの話題など、バズワードに絡んできます。メディアは、企業が何をしたか?よりも、「どのようなテーマ性を帯びているか」「どのように世間を騒がせている何かと絡むか」に、注目します。このからくりを知っておくと、アドバンテージが取れるでしょう。
渡部 大手メディアが取り上げれば、広報として成功と言えるのでしょうか?
長沼 そうですね。例えば、インバウンドやeスポーツ、人手不足。。最近だと物流の2024年問題、法改正などと絡めると、メディア側のモチベーションが高まる素材に変換され、「WBS」のようなニュース番組で取り上げられると思います。どのような話題が広報に向いているかを4象限マトリクスで表すと、社会の関心が高い話題と企業側の執着度が強く、自己満足度が高いものに分けて、プロットしてみます。
このマトリクスで、最も分かりやすいのは、右上に書いてある少子化問題や猛暑、豪雨。この第1象限に書いてあるテーマは、先ほどの「WBS」の報道でも紹介されていて、社会の関心度が高い。ホットと書いてあるように、社会もメディアもPVや視聴率が高まるテーマです。右下の緩やかなホットでは、「テクノロジー、フードテック、フェムテック、メタバース、ダイバーシティー、LGBTQ、脱炭酸」の話題が日常的に報じられやすい。赤色で示している第1象限、第2象限のテーマに絡めると、報道されやすくなるというメカニズムが分析されるでしょう。
右側のテーマは、メディアが関心を持っているニュースで、左側は、会社の中で重要な話としましょう。これは、経営理念や会社の歴史、コア技術など、会社の中では重要な部分を占めるものですが、新規性がないわけです。だから、別に今報道しなくてもいいとメディアは判断する。つまり、メディアの勘所としては、世の中を騒がせている何かに絡んでいるかどうかが最も大切なので、右側のテーマに絡めながら会社の重要な部分を語るのが効果的なのです。
渡部 左下の第3象限は、企業でいうとIRの活動を意味しているので、実際にメディアのニーズがあるのは右側のテーマ。という事は、全く違う位置だと気が付きます。そこで、このマトリクスは、会社が訴えたい事と、メディアが取り上げたい事、が全く違うのだと意味しているのでしょうか?
長沼 その通りです。「自社製品は素晴らしい、自社は素晴らしい」に陥りがちですが、我慢してください。業界や会社に応じて、このマトリクスを頭の中にイメージすると、広報が最大限に活かせるでしょう。法改正に絡めたらよいのか?あるいは人手不足ニュースに触れながらがいいのか?など、旬のニュースに自社ニュースを絡めることによって、取り上げてもらいやすく注目度も上がる「あざとい広報」が展開出来るのです。
報道の世界では、ニュースのインパクト度によって分けられる「マクロ環境」「ミクロ環境」「一時的なトレンド」が存在します。「マクロ環境」は、地政学リスクなど、国の大きな政策。その話題に絡むと扱いが大きくなりますが、一企業でここまで関わる話題は、そこまで多くはありません。一方、「ミクロ環境」は、インボイス制度などの法改正や業界特有のトレンド。最近は、領収書に打てるゴム印が売れていて、一時的な法改正のうねりで、こういう事象だというニュースは、メディアが大好きな切り口です。
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「先読み術」の基盤は、法改正と元旦の新聞
渡部 日々刻々と変わるニュースの中で、自社ニュースをホットに発信するには、「先読みが必要」だという事が理解出来ます。
長沼 どのように「先読み」するのか?投資の世界と関連するかもしれないと、おこがましいことを思いながら話をすると、法改正の予定は、総理の演説や国会の議論の内容から「先読み」出来ます。「日経ビジネス」や「週刊東洋経済」などのビジネス誌の年末年始号には、翌年度にどのようになるかが予測されています。特に法改正は、1年以上前から国会で議論をします。そのあたりを念頭に置くと、1.日本社会が抱えている課題が見えてきて→2.それに対し、どのような手だてをするか→3.どのような話題が盛り上がるか→4.どのような業界がホットになりそうか→5.そこから「先読み」が出来るのです。
渡部 複眼経済塾でも年に4回、気付きの資料を塾生に作ります。新春号を12月の「四季報」の時に出していて、必ず翌年のイベントカレンダーを付けています。これは広報術から見ても指針となるのだと確信しました。
長沼 私は、複眼経済塾の勉強会で、渡部さんが「四季報」を読んでいる事に感銘を受けました。誰でも手に入れられ、誰でも読める材料にこそヒントが沢山ひそんでいる。広報で、それに該当するものは何かと考えた時、総理の演説や元日の新聞を全紙買うことを思い付いたのです。そこから、7紙の新聞を読む習慣を取り入れました。身近な情報源や高頻度に発信されているものには、新しい情報が多い。これこそ、私が考えた「先読み広報術」の基盤となっているのです。
渡部 チャートに於けるPIIについて、解説していただけますか?
長沼 広報活動の評価指標です。第1段階は、「準備」。プレスリリースを出して発信する。旬に絡めた話題を出すための準備の質が問われます。第2段階は、「実践」。実際にリリースを出した時に、どのぐらいの人が注目してくれるか、メディアに掲載されたかが問われます。第3段階は、「影響」。果たして製品を購入してくれたか、など。「影響」の最上位は、文化や社会を変えてしまうインパクトです。
昔の広報は、「広告換算」といって、同じ面積で掲載されたときの広告料金で評価されていましたが、最近は、アウトカムともいわれるように「行動変容」が問われます。広報の領域で重要視されているのは、メディアに出る事ばかりではありません。ここに、広告となるペイドメディア、報道となるアーンドメデア、自社発信のシェアードメディア、オウンドメディアとあります。シェアードメディアとオウンドメディアは、FacebookやTikTokのSNSを含めて、自社で運営する媒体から発信します。今や、インフルエンサーが口コミなどで発信する、メディア露出だけが広報対象ではなくなったのです。
小笹 このマトリクスは、個人の情報発信にも役立ちそうですね。
長沼 広報を企業に限定せず、個人の広報を扱うPR会社も増えています。それによって、生活者の皆さんや業界関係者とダイレクトな接点が作れます。KPIを取ろうとする時にも、どのぐらいの人が行動変容を起こしたか、人数が把握しやすくなります。新しいフォロワーが何人いるか、どのぐらいのPVだったかも拾いやすくなってきているので、積極的に取り組んでいきながらリアルに反響を捉えて、PDCAを回すことが可能です。
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ターゲット分析し ▶️ 広報ツールを選択すべし
渡部 動画の時代といわれている中で、耳から聴く音声メディアも注目されていますが、そのあたりの見解をお聞かせ下さい。
長沼 ターゲット分析をきちんと行ない、様々なツールから選択する事が有効です。実際、Spotifyのアカウントを作る企業も増えています。ラジオは、車を運転する郊外エリアでは、通勤時に聞かれます。だから、世代によって使い分ける事が重要です。どのような層に届けたいかによって手段が変わってくるので。私はIRも兼務していて、投資家の皆さんは、旧Twitterを利用している方が多いので、旧Twitterで発信しています。YouTubeも同様。属性によって世界が変わってくるので、その点を意識したツール選びが大切なのです。
それでは、どうすればメディアに認められ露出出来るか?その心は、「組織とパブリックとの相互間に利益をもたらす関係」を構築する事です。マスコミ対応に失敗し、評判を落としてしまう企業を目にしますが、企業であれば、社会に支持してもらうかを最終的に目指し、「あざとい話題作り」に取り組んで下さい。
渡部 自己満足だけではなく、公共活動も含めてPR効果が高まるのですね?
長沼 はい。ところが、世界初のプレスリリースは、100年以上前に起きた鉄道事故の被害状況に関するニュースでした。社会が求めているのは、残念ながら、ネガティブな情報。現在は、企業側の「こんな新商品を作りました」といった、ポジティブな発信があるものの、世界で初めてのプレスリリースは鉄道事故に関する内容だったわけです。
小笹 私は記者時代を経験しているので、この話には深く共感しました。世の中では、悪いニュースのほうが読まれます。意外な事に、ポジティブなニュースほど、読まれません。悪いニュースを読むことで、何か優越感が得られるのかもしれません。自分より下の者を見たいという人間の根本的な欲求が絡んでいる気がするので、人間の心理の深い部分と繋がっているのではないかと考えています。
長沼 上手く記事が出ると、株価が上がる事もあります。その意味で、広報とIRは非常に密接な関係にあるので、広報のメソッドを使いながら企業を大きく成長させていただければと、願っております。
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「株主総会を楽しむ」という、ありそうでなかった視点を深掘り
渡部 「株主総会を楽しみ、日本株ブームに乗る方法」<https://honto.jp/netstore/pd-book_32409587.html>の書籍は、テレビ東京の「モーニングサテライト」に取り上げてもらいました。これは、弊社にとって、非常に大きな事で、1日のニュースの中で数社しか話題にされない中で、未上場の誰も知らないような私たちのような会社を取り上げるジャッジは、大きな勇気が必要だったはずです。結果として、大きなインパクトを残せて、多くの方に知ってもらえたので、成功だったと言えます。
小笹 長沼さんの話と重ねながら、「株主総会を楽しみ、日本株ブームに乗る方法」のエッセンスを説明してください?
渡部 野村證券の機関投資家営業部で株式を売っていた時、この部署で扱える商品は日本株のみ。売買出来る株は、上場企業。そこで、ビジョンを考えた時、これからは、上場企業のカタログとも言うべき「四季報」を読んで、ビジネスヒントを得られるのではないかと思ったのです。私が「四季報」を読み始めてから、26年間経ちました。結果的に、読み続けてきて非常に良かったです。メリットとしては、「四季報」で全上場企業を見る事は、売買するべき商品を全て見るわけなので、話に説得力と厚みが出る。私にとっての投資に於ける三種の神器とは、「四季報」「新聞の切り抜き」「日々の指標ノート」。ミクロの積み上げがマクロになり、「四季報」から日本経済が見えてきました。上場企業は、各業界のトップランナーなので、必ず海外との付き合いがあります。その企業を通じて、世界経済もクリアになり、人脈も広がりました。このように、株式投資に限らず、人生や生活が楽しくなるノウハウを教える事が、私の主宰する複眼経済塾の目的なのです。
良い企業を見つけたなら、実際に株を買うわけですが、このときに紙ベースでどれが良いかを選びます。これは人の採用でいうと、書類選考のようなもの。企業は、法人格という人格を持っています。その人格を知れるのが株主総会。だからこそ、株主総会は、企業を知る手段。株主総会は、株式会社としての最高意思決定機関なので、その素晴らしい所に行けば、全役員が揃い、全貌が分かるのです。一方、「決算説明会に行っています」と言う人もいますが、こちらは、あくまでアピールの場でしかありません。
小笹 私は、全国の株主総会に足を運んでいるのですが、長沼さんがかつて勤めていた京都の「ニデック(旧日本電産)株式会社」の総会に5年連続で行っています。先日は、宮崎県・都城市に本社がある「日本情報クリエイト株式会社」、熊本県・山鹿市に本社がある「株式会社Lib Work(リブワーク)」の株主総会にに伺いました。地方発のワールドワイド企業といえば、山口県にある「ユニクロ」ですが、前者2社が「ユニクロのようになってみせる」という高い志を持って頑張っている姿を見られたのは、株主総会に実際に行かなければ分からなかった事です。
渡部 地方企業の株主総会は、行く方が少ないです。私が行く上場したばかりの企業は、株主数の約0.5%から1%の方しか行きません。2000人の株主がいたら20人。上場したばかりの株主総会は10人、下手をすれば3人程度しか行っていない。株主総会では、非常に重要な話をしているのにもかかわらず、99%の方は、重要な事項を知らないわけです。株主総会の面白さを知れば、株式投資そのものも楽しくなります。地方企業の株主総会にも行くと、その地域の文化や食を知れます。「投資、観光、旅行」をセットとした投資ツーリズムの観点から考えると、「地方創生」にも繋がるのではないでしょうか。
セッションは、後編に続きます!
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丸善ジュンク堂書店オンラインイベントは、毎月、イベントを実施
丸善ジュンク堂書店では、今回の2人のイベントだけでなく、毎月15件前後、様々な書籍に関する有料オンラインイベントを配信しています。ビジネス、学習、文芸、生き方まで様々なジャンルで魅力的なコンテンツが予定されています。最新情報は、以下のウェブサイトからご確認ください。<https://online.maruzenjunkudo.co.jp/>
※複眼経済Bizとは、投資教育を祖業とする複眼経済塾が、有価証券投資だけでなく企業で活躍できるビジネスパーソンを育成するためにも役立つことを、普段以上に意識して作成しているコンテンツシリーズの総称です。
取材・構成:中村麻美